2014年9月26日金曜日

限界の設定


治療における「限界設定」

治療者が必要以上に消耗していかないため。
患者側が、治療に対して幻想を抱き続けたり、誇大化し続けないようにしたりするため。
そういった目的で運用するのが、「限界設定」だという感覚でいる。
治療を拒否するという限られた一面だけ取り上げられることも多いんだけどね。


Stop Sign / Rubber Dragon


「釣り上げた魚に餌はやらない」とはいうが、釣り上げる前と釣り上げてからは、関係性が違ったものになる。そうなると「餌の与え方・与えられ方」も変わってくるはず。

ところが、関係性の変化や、関係性自体を認識していないと、「私が欲しかった餌」だけが、どんどんと幻想化していく。場合によっては、「欲しかった餌」だけではなく、「上手く釣れるような餌の与え方」までもが、幻想化していく

そして、現実が現象に侵食されていく。最終的には、どちらかの現実が破綻したところで、関係性が終焉してしまう。

こういった結末にならないためには、「ここまでは、現実の話」、「ここから先は、幻想の世界」という境界線を提示しないといけない。
それが、「限界の設定」
境界線の設定は重要。現実だけでも、幻想だけでも、生きていくには辛すぎる場合の話だから。


photo-20140726-3 / umezy12

治療の話だけではなくて、こういった「釣られた魚」と「釣ってあげる人」との関係は色々なところにあるんだろうね。
実際は。

2014年9月25日木曜日

精神科医療の矜持


「変なことを言うから、精神疾患」、「あいつの言動は世間に迷惑をかけている。精神科で治療してもらった方がいい」という安易な判断をする医療者は、珍しくない。

逆に、それだからこそ、精神科医療を志す人は、ある種の矜持を持って治療的な判断をすることが必要じゃないかしらん。

そういった姿勢が、他の領域に対してのリスペクトにもつながると思う。



Notebooks / colinlogan



突飛な発想でも、許しがたい思考の内容でも、病的でない思考過程の範囲での結果であれば、それは精神科治療の対象でないとは考える。

少し変だなと思える程度の内容であっても、内因性精神疾患の影響があると思えば、医療による改善が望めないかと考える。

精神科医療って、そういうものだと思っている。


この二つの違いを見極めることは難しい。内因性精神疾患なのかどうか、確たる客観的に評価するものが乏しいからだ。

それでも、治療するべき対象をしっかり見極めることが、精神科医療にとっては大切なことじゃないかしらん。

こういった考え方は、それぞれの治療分野で存在しているはず。
精神科領域には限らないか……



2014年9月24日水曜日

「ゼロリスクの治療」と「正しさ」と


「ゼロリスクの治療を受けることが当たり前」
これを前提として、治療側に要望を続けると、逆に治療の多様性や確実性は下がっていくんじゃないかしらん。
もちろん、一般論として適応できないことも多い話。


「この病気が治らないのは、先生の治療が間違っているんじゃないですか」
「この薬を飲んだら副作用が出てきた。先生の治療が間違っているんじゃないですか」
という疑問を持ったり、不安をいだいたりすることは否定しない。
でも、そういった言葉を医療側に提示する時には、確認とか準備とか手続きとか、そういった運用について、十分に考慮したほうがいい



WRONG 33. If you photograph a double portrait, it is better to ask each person to stand next to each other. / Vacacion


一方で、こちらはどうすればよいのか。
「ゼロリスクの治療はありえない」という説明をするよりも、「リスクの説明をされたけれど、ゼロリスクのように感じる」説明をする。
その方が、現実的には有効なんだろうね。
この場合、「正しさ」との折り合いの付け方が難しい。折り合うの付け方は、説明する側、される側の双方に、異なる折り合いの付け方が要求されるから、話がややこしくなるんだけどね。


2014年9月23日火曜日

「今日は何の日」 万年筆の日


……、博物月報さんに怒られるかもしれない。


9月23日は、「万年筆の日」だそうで。

TwitterのTLでも、こんなツイートが。



9月23日が「万年筆の日」の理由は?
と考えて、パッとひらめいたのが、こちら。


「はっぱふみふみ」だから、「ふみ」で23日なのか!


じゃあ、9月は?

…………、google先生に聞いてみます……

ググった結果、”今日は何の日~毎日が記念日~”というサイトで見つけました。
万年筆の日
1809年のこの日、イギリスのフレデリック・バーソロミュー・フォルシュが金属製の軸内にインクを貯蔵できる筆記具を考案し、特許をとった。
ということだそうです。

大橋巨泉、関係無かったね……






2014年9月12日金曜日

自分を認める

依存症とか、児童とか、認知症とか、専門分野を定めて治療の努力をしている医療者には、当然のように尊敬するべきスキルがある。
もちろん、民間精神病院のようなところで、様々な病態や生活背景を持つ患者さんを相手に治療する人にも、尊敬すべきスキルがある。
どちらのスキルも、同列に語られるべきものなんだよね

その一方で、「市中の治療では、不十分な治療が……」とか、「専門的な治療をするところは、最初に選別をしている……」といった感じで、相手のスキルを非難するような言説も、ネット上ではしばしば見かける。
どっちが上でも下でも無いのにね。

こういう仕事をやっていると、同じ職種でも、ちょっと違ったことをしている人間のほうが、妙に上手くやっているように思えることは少なくない。
これって、一種の「認知の歪み」なんだろうけれど

しんどい時には、認知は歪みやすくなる。
だから、そんな時には、自分自身を認めることに力を注ぐ。そっちのほうが良さそうだ。
「自分自身を認める」作業って、そこそこ難しい。普段から、そのスキルを磨く必要もありそう。



Happy couple / pedrosimoes7



他人に対して、ネガティブな行動をとると、気持ちが軽くなりやすいのは間違いないんだけれど、妙なカルマが付きそうなんだよね。特にネットの上ではカルマを集めるのは簡単だから、注意が必要。

まぁ、プロフェッショナルなんだから、自分を高める方向に努力していくことが大切なんじゃないかな
多分、最後には、気持ちよくなるんじゃないかな。こういう気持ちよさって、絶対他人にも通じて評価してもらえると思う。