2014年2月19日水曜日

馬鹿と云われないように……


自分にとっては、心に何かをつきつけられるような気持ちがした、ヤンデル先生の連続ツイート。

「医療者として内部にいるとわかるんだけど、○○の実態は○○なのに、世間は××だと思っていて残念だ」みたいなトーク 
これが、ヤンデル先生からつきつけられたポイントの一つ。まるで、鋭い刃物のようだ。

ふりかえれば、自分のツイートも、こういった要素が多い。
普段の仕事の中で、どうしても「世間は、こう思っている。残念でしかたない」と思ってしまう経験はあるし、ネットで自分の意見を表明する原動力になってたりする。

でも、残念なのは「世間」ではないんだよね。

「よく覚えとけ。現実は正解なんだ。時代が悪いの、世の中がおかしいと云ったところで仕方ない。現実は事実だ」
立川談志が、立川談春に、そう言って説教をしたというエピソードが思い出される。


世間は、残念ではない。残念なものは、おそらく自分の中にある


説教は、こう続く。
そして現状を理解、分析してみろ。そこにはきっと、何故そうなったかという原因があるんだ。現状を認識して把握したら処理すりゃいいんだ。

自分は、世間を残念に思えるほど、世間を知らない。浅はかな理解に基づいた行動というのは、浅はかな結果になりがちである。
それこそ、普段の臨床の場面で、何度も経験していることだ。
十分に理解できていない患者さんの診断や見立ての甘さ。そこからの反省という形で。

立川談志は、この一言で説教を終わらせている。
その行動を起こせない奴を俺の基準で馬鹿と云う


うん、馬鹿にはなりたくない。哀しいかな、そういったプライドだけはある。

ネットは、日常的なものとして存在している。これも、事実だ。
だから、「じゃあ、変なことを言わないために、ネットはやりません」というのも、現実から遠ざかるよで、こういった行動も馬鹿がすることのように思える。

だから、理解したり、分析しないといけない。考えないとダメなんだ

やっぱり、自分はこれからも、「下衆ノート」に馬鹿なことを書きつけたり、ノートに独りよがりなことを書き出したり、いろんなことをツイートしたりしていくことにします。
「それは、今までやっていることと、同じじゃないか」という突っ込みも、承知の上。

時々、こうやって突き落とされたような気持ちになりながら、「馬鹿と云われないように」やっていくしか無いんだろうな。

ということで、馬鹿なことしながら、反省しながら、何か変わりながら、ツイートしたり、ブログをしたりします。
これを読んだ方々、これからもよろしくお願いします。


最後に、面白いツイートや、こういった刺激的なツイートをしてくれるヤンデル先生。いつも、ありがとうございます。



立川談志の説教のエピソードは、この本に書かれてあります。