2013年12月29日日曜日

「あきらめないで!」っていう話

時事ネタではあるんだけれど、「人工知能学会」の表紙の件から派生した問題に関連した、下記のブログを読んで思ったこと。

人工知能学会の表紙のメイドロボットを考察したら深すぎた | ドウデモイイコト。:
'via Blog this'


リンク先を読むのであれば、途中で止めずに、最後まで目を通すように。
こういうのは、嫌いではない、いや、好きだなぁ。

「正解を積み重ねた論理の展開」は、正しいんだけれど、どこかつまらなかったり、息が詰まったりする内容になりがち。
多少無理があったり、論理的な間違いがある「屁理屈」のようなものが、「面白く」なり易い。無粋な「つまらない屁理屈」は、本当につまらない。

つまらない「屁理屈」でも、粋なワンフレーズを付け加えることで、「面白く」できる可能性を秘めている。大逆転の可能性も残されているわけだ。

で、人間の思考って、大抵「屁理屈」レベルなので、「面白く」できるチャンスはいくらでもあるんだよね。



「あきらめないで! あなたの思考」

……、失礼しました。


2013年12月27日金曜日

正解がない治療は、面白い

普段の治療の場面では、多くの場合、患者さん自身には病識が乏しいという前提条件を忘れないようにする。
うん、やっぱり、これは大事だ。


「真面目な」傾向が強い、古典的な(?)うつ病の患者さん。
こういった患者さんは、精神運動抑制などがあって、思考能力の低下や低い自己評価が根底にある状態であっても、低下している気力を振り絞って、頑張ったり、周囲に心配をかけまいとしたりする。
この時に、傍らで様子を見ていると、ついつい「良くなった」と判断してしまいそうになる。

でも、「良くなった」という判断を基に、「もっと良くなるように、◯◯して頑張りましょう」的なアプローチをしてしまうのは、やっぱり悪手だと思う。
”今は、安静休養を保ちましょう”という方向が定石だよね。



Relax / m_shipp22



ただ、こういった状況では、患者さんからは「良くなっているので、大丈夫です」という強い要望が出てきやすい。だって、患者さん自身は、病識に乏しくて、自分はやれると思っているから。


この場面で、患者さんに対して、どういった働きかけをするのか。
ここが、治療の中で難しいところでもあるし、面白いところ。



ただ単に「患者さんが大丈夫と言っているから、患者さんの思うとおりに、やらせてあげましょう」という判断をする人がいるけれど、それはどうかと思う。
「症状が残っているのに、頑張ろうとしている」患者さんに、「頑張れ」って応援しているようなものだと思えるから。

「患者さんを信じること」と、「患者さんが病識を持てない/かなり持ちにくい」というのは、別の次元の話

患者さんの状態を、医療者として評価していくことが基本。
評価していくのは、難しいし、当然責任を伴う。
自分も、まだまだ迷ってばかりだし、時には後悔することもある。

現時点での精神科医療の中では、こういった判断の正解、模範解答は無いと思っている。
でも、だからこそ、自分は、やりがいがある仕事だと感じている。こういった判断を、他の誰が下すんだってくらいの勢いで。 


……、いつの間にか、精神科の仕事は、こういう面白さもあるという話になっちゃった。



On My Way / AlicePopkorn

でも、面白さの見出し方は、人それぞれ。

だから、TwitterとかSNSでは、多くの人が、「自分の思う面白さ」を語る場所であってほしい
これからも、色々と面白いものを見たいものです。



2013年12月12日木曜日

ヤンデル先生の新たな挑戦(?)



Twitterでのヤンデル先生は、PCの前に座っている限り、自分に対する返信(リプライ)のみならず、いわゆる”エアリプ”にも、即座に反応する。その速度たるや、おどろくべきものが有り、Twitterだけではなく、ツイキャスでも、そのリアルタイムのコミュニケーションの能力の高さには、いつも感心していました。

そして、今回の新企画。”公開型文通”(交換日記は、私の勘違い……)ということで、お互いが時間をかけることができる形のコミュニケーションが展開されるようです。

文通の相手は、西野マドカ氏。ツイート数は多くありません。しかし、何気ない挨拶ツイートなど、ツイートの雰囲気が好きで、思わずファボを入れてしまうことも少なくありません。
魅力的なアカウントの一つで、非公開リストにも、しっかり入れさせてもらっています。


文通というスタイルでの、この二人のコミュニケーション。それが、こちらのブログで始まりました。




独特の時間の流れ方を感じさせる、なんだか魅力的な雰囲気が伝わっきています。

これからの展開が非常に楽しみです。


Letters Play Important Roles in our Lives / William Arthur Fine Stationery






2013年12月5日木曜日

「頑張ってください」は、難しいよね


うつ病の患者さんに、「頑張ってください」という言葉をかけてはいけないのかという問題。



118/365 Worry / Vinni123



まず、自分自身としては、「この病気だから、こういった答え方をしよう」的な考え方に縛られるのは、好きではない。患者さんの状態に合わせて、受け答えもアレンジしていくことが大切ではないかと、いつも考えているからだけど。
状況によっては、アレンジした「頑張ってください」という言葉を、うつ病の人に伝えることもある。

かといって、基本を外れてことが良いことだとも思わない。
患者さんの状態の評価や見立てが難しいことも少なくない。その状況では、基本に則ったやり方が正解。

基本を外れる時には、そのリスクも背負うことを覚悟してから

リスクとベネフィットのバランス感覚が試されることになるわけだし。このバランス感覚を身につけるのは、難しい。だからこそ、基本を外れるやり方は、他の人に単純にお勧めできるものではない。

うつ病の患者さんに対して、「頑張ってください」と声をかけたい時もある。
でも、自信がなければ、それは避けたい。

その代わりに、「頑張ってください」というフレーズを使わずに、「頑張ってください」と伝える術をひたすら考える
考えた数だけ、「頑張ってください」という言葉を、上手く使えるようになってくるはず。
具体的には、状況設定のコントロールの仕方とか、言葉の選択や言い方とかが、身についてきている。



May I help you? / qthrul



じゃぁ、どれだけの経験があれば、基本から逸脱できるか……
それは、使う人の自己責任における判断だよね。誰が決めるわけでもない。自分自身が決断すること

決断できないのであれば、原則から外れるのは止めた方がいい。原則というのは、そのためにあるのだから。
そして、正解のやり方がどんなものか。それは、誰にも分からない

でも、わからないところが、現時点での、この分野の医療の面白いところじゃないかしらん。




2013年12月2日月曜日

松本ハウスが、「あさイチ」に出演すると聞いて……



12月4日に、松本ハウスが「あさイチ」に出演し、「統合失調症漫才」を披露するとのこと。

(精神科)医療関係者以外の人が、この漫才をどんな風な眼で見て、どんな風に考えるのか。
とても、気になる。


 
(こちらは、過去に公開されている統合失調症コント)


松本ハウスの「統合失調症漫才」。思いっきり「笑える」方向に進んでほしいなぁと思うのは、自分のワガママなのかな?
「笑えるもの」になった後に、医療者が自分の役割として、きちんと医学的なフォローを入れることにすればいいわけで。
何より、誰もが「笑える」ものになることが、重要じゃないかと思っている。


”「笑える」ものになる”ことは、必ずしも”軽く扱う”ということじゃない。
「笑える」ものになったものを、きちんと「考えられる」ものにしたり、「普通に取り扱えられる」ものにする。

医療側としては、そういった意識で、松本ハウスから発信される「統合失調症」関連の話題を扱うことが、大切じゃないかなぁ。