2013年7月29日月曜日

「美味しくいただきました」の原点


Twitterで、よくつぶやいている、「美味しくいただきました」というツイート。
例えば、こんな感じ。
このつぶやき。思った以上に、評価していただいている。
先日のヤンデル先生とのツイキャスでも、話題の一つとして取り上げられたりもした。

「美味しくいただきました」ツイートは、実はこのリンク先の記事に大きく影響されている。

新潟県中越地震の現状をどこよりもリアルに伝えたブログ――「食べたものを淡々と記録するよ」(2003年~2006年)|jp.blogs.com|おもしろブログ記事のまとめサイト


ヤンデル先生とのツイキャス対談では、長くなりそうだったから、話さなかった。申し訳ない。



このコンテンツの面白さは、定点観測の面白さ。


このブログと比較すると、自分の「美味しくいただきました」ツイートは、上っ面の真似事なんだろうと、忸怩たる思いになる。


もちろん、Twitterレベルでは、いろいろとやっていることを真似たり、真似られたりするっていうのは、自分としてはアリだと思っている

当然、他人が真似をしたり、批判をしたりするのも自由。

それは、自分にとって、Twitterって「対話」の世界だから

うん。そういうこと。

2013年7月17日水曜日

チラシの裏 : 妄想の作られかた

頭の中には、現実に起こった複数のエピソードの数々が、記憶としてストックされている。

「印象深いもの」という基準で、記憶の中から、ランダムにいくつかのエピソードを頭の中で選ぶ。そのバラバラのエピソードが一連の物語になるように、無理やりストーリーを作る。

頭が苦心惨憺して作り上げた結果、妄想という名のストーリーが生まれ、ストーリーを支えるための世界も、同時に生まれてくる。

そのストーリーや世界は、膨大なエネルギーを注がれて作られたものだから、当然、本人にとって受け入れやすくて、他人からの修正を許さない。

「事実の集まりであっても、(その人にとっての)真実は一つではない」

妄想については、こういったスタンスで、自分の中で理解している。




アルツハイマー型認知症の患者さんの診察をしながら、やっぱりそうだよなぁ、と再確認していました。




2013年7月15日月曜日

きちんと「統合失調症」と診断しにくい患者さん


統合失調症の軽症化と、社交不安障害の診断の拡大化によって、過去と比べて、きちんと統合失調症の診断がつけられないケースが増えているんじゃないかと考えたり。
抑うつに対して非定型抗精神病薬が使われやすくなった展開が、この状況に拍車をかける気もする。

診察の段階では、積極的に統合失調症を疑えない。かといって、不安が惹起される状況や不安の内容が、どうにも神経症圏っぽくない印象の患者さん。
バウムテストをしてみると、やっぱりどこか違う。
そこで、抗精神病薬を使っていくと、抗うつ薬よりも、治療の手応えがある……
やっぱり、統合失調症かしらんという気持ちになってくる……


こんな患者さんの場合、どうしても「キレイでない」治療になりがち。


なによりも、本人家族への説明が難しくて困ってしまう。
診断の根拠が曖昧なわけだし。まさか、「メジャーが効くから、統合失調症です」という説明をするわけにはいかんし……
「確実ではありませんが、統合失調症の可能性も考えられます」と説明したら、それから受診が途切れたケースも、幾つか経験。



ambiguous / Kalexanderson


こうなると、「目の前の患者さんの症状を軽くする」ことを、最優先の目標にして、診断の曖昧さを飲み込んで、ある種の「ごまかし」を使いながら、治療継続を図る

これが、自分の手の届く範囲でベターなやり方かなぁ。やっぱり。

異論は、一杯でてくるだろうね。やれやれ。




2013年7月11日木曜日

チラシの裏: 「先生、赤玉じゃないと眠れないんです」と詰めよられたなぁ……


きょうクリいんちょうブログ : 絶対処方してはいけない薬、それはベゲタミン。: 'via Blog this'



上記のリンク先ブログを読んで思ったこと。(いつもの連続ツイートのまとめ直しです)


「絶対に、○○してはいけない」系のタイトルは、まぁアレなんだけれど……


ベゲタミンを積極的に使うとしたら、自分よりも年齢が上の世代じゃないかと思うのだが、違うのかしらん。
過去の治療の流れから、使わざるを得ない状況というのは、少なからずありはするが……

ベゲタミンに慣れてしまった患者さんは、まだ少なからずいる。
そういう患者さんに対して、以前は合剤になっているものを、バラバラに処方しなおして、徐々に減量していくとか、いろいろと調節を試みながら、ベゲタミンというか、フェノバルビタールをなくすことをやっていた。
それでも難しいのは、「赤玉じゃなきゃ眠れない」という固定観念が強い場合。統合失調症の患者だと、なおのこと。

他の人は、どうしていたんだろう?

こういった固定観念に対する扱い方の情報が、あちこちで発信されるといいんじゃないかと思っている。


こういうのって、面白くて、勉強になると思うんだけど

2013年7月10日水曜日

躁状態の治療で、「裏切り」を感じる時

双極性障害で、躁状態に振れた状態で入院になった患者さんの対応。

治療開始した後、思いの外、治療に協力的になってくれることがある。これは、治療開始してから、早い時期に多いような印象。
その時に、”あぁ、この患者さんは、わりと病識があるんだな”と思いがち。
ところが、その気持ちが、後から裏切られるように感じることは、少なくない。



これは、躁状態の患者さんが、ちょっと落ち着きかけた時は、「気分高揚を伴った同調性」が発揮されることを考慮していないのが敗因。

患者さんの方が、治療者の働きに対して、ある種「気を利かせて」同調してくれているのに、それを治療側が都合よく解釈したにすぎない。

この段階から、治療が進むと、気分高揚が治まってくる。それは、症状が改善しているわけなんだけれど、この時には「治療による不自由さからの反発」が前面に出てくる。そして、治療への抵抗を示すようになったりする。
すると、「あんなに、こちらの言うことを聞いていてくれたのに、今は勝手なことばかり言ってくる」と、「患者さんからの裏切り」みたいなものを感じてしまう。


Confused / MoreSatisfyingPhotos.com



治療への同調から抵抗への変化を「裏切られた」ように解釈してしまう気持ちの流れ方は、妙に否定せずに、きちんと自覚的していないといけない
治療側から患者さんへの陰性転移のきっかけになることがあるからだ。
治療者はこの罠に、案外引っかかりやすいと思っている。違うかなぁ。

このあたり、他の治療者って、どう思っているのかしらん。


自分は、こういった感じで、双極性障害の患者さんを診る時、気分高揚とか、注意の転導性あたりにポイントを置いて評価をしているつもり。
躁状態の評価のポイントを、それぞれの医療者がどこに置いているのか。相変わらず、気にかかる問題。



...Understood / Jason Hutchens