2013年5月27日月曜日

DVD「エージェント・マロリー」視聴終了  監督、いい仕事したね


DVD「エージェント・マロリー」視聴終了。




つまらない映画になる一歩手前で踏みとどまって、それなりに破綻なく見ることができる作品になっていた。

後でチェックしたら、監督はスティーブン・ソダーバーグ。「エリン・ブロコビッチ」とか、「オーシャンズ11」シリーズの監督。
なるほど。
こりゃ、監督が丁寧な仕事をしたんだと、納得。

主演は、ジーナ・カラーノ本職は、総合格闘家。その彼女が主役のアクション映画という前提条件。

そこから、いろいろな計算をしたのではなかろうか。

格闘シーンは、当然、総合格闘の技術がメイン
スパイとか、海兵隊出身という設定であっても、流行りの軍隊格闘術という脚色は最低限にする。
ということは、バリエーションは限られるから、あまり格闘シーンも、多くはできない。
もちろん、銃撃戦も最低限のものに。

主人公の心の葛藤を描くという複雑なストーリー展開にしない。
幸いにも、ルックスは悪く無いから、それなりに綺麗に見せるシーンはつくる。でも、演技力はないから、引っ張らない。

ストーリーの構成も、初っ端に得意な総合格闘、決め技は関節技。
スパイ映画らしく、人質救出作戦を展開する。でも、長回しにすると、色々アラが目立つだけだから、カット割りを多くして、上手く編集して、手際の良い作戦のように見せる。
といった感じで、展開していく。
はっきりいって、約90分の尺をよく作れたなぁと感心。それだけ、脚本、カット割り、構成、等々、工夫していた。
だから、ギリギリ最後まで集中して見ることができる。

二流の食材であっても、一流の料理人がつくって、それっぽい料理がでてきた。そんな感じ。



昨日見た、「ボーン・レガシー」は、一流の食材を、二流の料理人が一流の技を見よう見まねで作った料理であったのと、対照的。


でも、素材が素材だから、やっぱり、それなりのB級映画。あまり期待し過ぎると、思い切って肩透かしを喰うので注意が必要。

本当なら、40点なんだけれど、昨日見た「ボーン・レガシー」の逆ハロー効果で、60点かな。



2013年5月26日日曜日

DVD「ボーン・レガシー」視聴終了 いやぁ、最近のMI6はシビアな組織になったものだ……


ネタバレ(?)あります


ちょっと見ない間に、MI6もシビアな組織になったもので…… いつの間にか組織だった情報収集、作戦展開もできるようになっている。

こうなると、歳を取り過ぎた感のあるMは、さすがに引退。一方で、組織も、いろいろと縄張り争いというか、中堅クラスの幹部が色々な思惑で動いている。
それなりに一枚岩のように思えていたMI6も、ホント、変わってしまった。
この状況っだと、びっくりどっきりメカを作ってくれていたQも、同じく組織を後にしたんだろうな。

でも、MI6が、アメリカであんなに活動して大丈夫なんだろうか? さすがにCIAが黙っていない……




ここまでにしておこうか。

「これでは、まるで一昔前の007じゃないか……」
と、本気でつぶやいたラストシーンをみたら、ボケたおさないと気持ちの整理がつかなかったもので。





マット・デイモン主演の「ボーン・シリーズ」3部作の監督が降板。3部作の脚本家が監督になったという経緯があったようで、その影響がハッキリと出ています。

要するに、脚本、カメラワーク、演出、等々「ボーン・シリーズ」の真似をしようとしたんだけれど、哀しいかな、ポイントが分かっていなくて、ただ真似をしただけという結果になってる。

ラストシーンで、旧3部作と違った雰囲気を出そうと思ったら、一昔前の007シリーズのラストになってしまったという……
(007シリーズですら、ダニエル・グレイグで、従来の路線からの脱却を図って、ようやく成功したという状況なのに)

ということで、主演のジェレミー・レナーの無駄遣いという、期待を大きく裏切ってくれた作品でした。

さすがに、0点というのは厳しいけれど、20点ですね。










2013年5月24日金曜日

精神疾患のない人って……




会社の重役「この採用予定者のリストから、精神疾患のある人をピックアップして欲しい。そんなヤツは、採用しない」

精神科医「はい、わかりました。まず、あなたが人格障害と診断できるところから、話を始めたいのですが」

みたいな、下手なジョークが、頭の中でグルグルと駆け巡ってしかたがない。



元ネタは、この記事から。
採用者の「メンタルヘルス」状態 どうやったら見破れる? (1/3) : J-CAST会社ウォッチ: 'via Blog this'

この記事からの引用
ある会社では、数年前の中途採用者からメンタルヘルス不調者が続出したことがあった。それに懲りた各部署からは「精神疾患のない人を寄こして欲しい」と要求されているが、採用担当者は「どうやったら見破れるのか」と頭を抱えている
引用終わり

採用担当者も頭を抱えるだろうけれど、似たような形で、精神科外来受診してくるパターンもあるんだよなぁ。
幸いにしてというか、こういう場合上司とか、上の役職の人がついてくることは、殆ど無い。
でも、もしついてきたら、「はい、わかりました。まず……」って、やってしまいそうで……




2013年5月23日木曜日

DVD「プレイ -獲物-」 メインキャストが、きちんと仕事をした作品



DVD「プレイ -獲物ー」視聴終了。
フランス映画は、面白いのか、おもしろくないのか、よくわからない微妙な作品が多いという偏見を持っている。
でも、この映画は、面白かった。

粗筋などは、予告編の動画を参考に。



メインキャストの3人が良かった。

主役のアルベール・デュポンテルは、娘を追いかける、タフな主人公という役柄にピッタリの雰囲気。
そこそこ、よく練られていたストーリーなんだけれど、どうしても生じる齟齬を感じさせないのは、この人の存在が大きい。

敵役のステファン・デバクは、サイコ・キラーを上手く演じていた。

そして、その二人に絡む形になる、女刑事役のアリス・タグリオーニが良い味を出していた。優秀な女刑事という役柄で、他の男性刑事に負けない優秀な部分を見せる一方で、時には女性らしさをみせて、魅力的な役に仕上げていた。
この人の出演作、もう少しみてみたいけれど、フランス映画でしか見れないんだよな……


(この画像貼り付けたけれど、あんまり良くなかったなw 予告編動画で彼女の良さを確認して下さいww)



全体的なストーリー構成や伏線の貼り方、回収は、まずまずうまくできていて、満足。
ただ、細かな演出や音楽の入れ方が、もう少し上手ければ、もっと盛り上がれたかもしれない。
ちょっと惜しかった。

でも、映画としては、十分に楽しめるレベルには仕上がっている。

TSUTAYAの準新作でレンタルしたけれど、長く店においてもらえるような作品かというと、ちょっと怪しい。見かけたら、在庫処分される前に見ておく価値はある。


80点










2013年5月20日月曜日

DVD「桐島、部活やめるってよ」視聴終了


DVD「桐島、部活やめるってよ」視聴終了。





話としては、良くできていたと思う。いわゆる、青春モノとしては、合格点。

でも、自分自身が、理解はできても、どうしても作品の世界に入り込むことができなかったのが残念。40過ぎた男子校出身のオッサンが、この映画を見て、素直に入り込めるのも、どうかという気もするがw

でも、入り込めなかったけれど、なんとなく理解はできたつもり。

ラスト近くのゾンビ映画の部分も納得できて、上手いなぁと感心。

でも、もう一段階上のレベルの作品になりそうだったのに、惜しい。


出演者の中で、注目したのは、大後寿々花清水くるみの二人。

吹奏楽部の部長役を演じた大後寿々花は、このまま順調に成長すれば、2,3年もすれば、良い女優さんになりそうな気がする。



宮部 実果役を演じた、清水くるみ。この人は、2年くらい前に大林宣彦作品に出れば、上手く使ってくれたんじゃないだろうか。そんな気がする。今後、上手な監督さんに使ってもらえたら、化けそうな気が……
あっ、前にdocomoのCMで踊っていた娘ですね。このCMの時よりも、魅力的になってますね。


でも、本当にもったいないなぁ、もう少し面白くなりそうな作品なんだけれどなぁというのが、正直な感想。

ということで、点数は60点かな。



で、この映画を見ている途中で、なんとなく思い出した映画が、次の2本。




「櫻の園」は、福田沙紀主演の同名の作品があるけれど、それではないので、注意が必要。




2013年5月16日木曜日

DVD「エデン」視聴終了 : 第二のルーシー・リューと呼んだらダメかな


DVD「エデン」視聴終了。

アメリカで実際に起った事件を元にした映画。売春、人身売買の組織に誘拐された少女の物語。

主演は、ジェイミー・チャン。あの、ハリウッド版「ドラゴンボール」に出演していたとのこと。
ジェイミー・チャンは、なかなか良かったんじゃないかと思う。上手くやれば、ルーシー・リューが抜けた(?)ポジションに入れそうな雰囲気。
磨いていけば光りそうな予感。
でも、第二のルーシー・リューとかキャッチフレーズをつけちゃうと、大成しないっていうのはお約束か。







ストーリー、演出は、うーんといったところ。
98分という短めの尺のためか、本来あってよさそうなエピソードが入らないんだよなぁ。残酷、セクシャルな描写もないんだが、登場人物に感情移入できそうなエピソードが全く入ってこない。
だから、わりと頭の中で補完していかないとダメかも。まぁ、単純なストーリーではあるので、保管するのにストレスはかかりません。

というところで、20点くらいかな。

なんか、無性に、五社英雄監督の「吉原炎上」とか、漫画だけれど安野モヨコの「さくらん」を見たくなりましたねぇ。





2013年5月15日水曜日

石川雅之先生による風疹漫画 : 知っていたとしても、一度見てみるべき



下の画像は、漫画家の石川雅之先生による、風疹についての啓発漫画。
このブログに貼り付けてあるのは、誤字修正および解像度アップされたバージョン。詳しくは、石川雅之先生のTwitterでの発言を追いかけて欲しい。









風疹についての現時点での問題を、実にわかりやすく説明している。
恐怖心を必要以上に煽るでもない。かといって、問題点は問題点として、ちゃんと提案している。
人に伝えていくには、どうすればいいのかという手本のように思える。



追記:
ブログ記事を作った後に、修正版のツイートが出ていたので、それを貼り付けておきます。







孤独な優等生を応援したい


中学とか、高校の教室の雰囲気を思い浮かべてみてほしい。

教室で目立ちやすいのは、「(悪い意味で)面白い」人間なんだよね。
真面目な優等生というのは、つまらない。
だって、優等生は、「正しくて、まともなこと」しか言わないから。

時々、優等生は「お前の言うことは、間違っている。そんなこと世間では通用しない!」って、悪ふざけをする生徒を糾弾する。
でも、結果的に注目を浴びるのは、悪ふざけをする方。だって、真面目なものより、(悪い意味で)面白いコトのほうが、印象に残って楽しいから。

そんな状況で、優等生はイライラする。「どうして、正しいことに気がついてくれないんだ?」って。
でも、他のみんなは「正しいことより、インパクトがあるもの」に反応する。人の心は、そういうものなんだもの。
優等生は、心を超えて、正しく理解できる人。多くの人は、そこまではなかなか理解しようとしない。
優等生は、孤独感を味わう。




“The worst part of holding the memories is not the pain. It's the loneliness of it. Memories need to be shared.” / girish_suryawanshi





じゃあ、孤独な優等生はどうすればいいのか?

「正しいことだけを、淡々と伝えて続けていく」。それで、いいんだよね。

「淡々と」というのが大切
正しいことより、目立つ意見を中途半端に引用すると、人の心には「目立つ」ほうが残りがちだから。

そして、「伝え続ける」ことにも意味がある
悪ふざけは、長続きしない。人の心も飽きやすい。だから、継続することが一番の武器になる。
優等生っていうのは、正しいことを続けることができる資質をもっている。だから、焦ってはいけない。自分の資質を活かすだけのこと。そこに気がつけば、優等生にとっては簡単なことのはず。


自分がよくみかける優等生の人には頑張って欲しい。でも、できるなら、もう少しだけ上手く頑張ってほしいなぁ。



Hatsune Miku Charity / Danny Choo


2013年5月13日月曜日

「プチ勝負所」に備えて


統合失調症の患者さんが、「声が聞こえてきて苦しいです」と、訴えてくることがある。
これは、どのような答え方をするか、つまり、臨床的なセンスが問われる場面なんだよね。
患者さんとの関係とか、治療の中における「プチ勝負所」。重大な勝負所とまでは言えないけれど、勝負所ではある。
医者に限らず、他の分野の治療者にも、この「プチ勝負所」は、突然のようにやってくる。




31:365 / welivefast



これには、どんな時にでも相手に通用する、絶対正解になる答え方、というのはない。

答え方の引き出しの数がどれくらいあるか。
その時の患者さんの状態、治療の中での意味みたいなもの等々を踏まえて、そのシチュエーションに適した返答を引っ張ってこれるかどうか。
そういったところが、むしろポイント。

「あぁ、幻聴が苦しいんですね」とか、「苦しかったら、お薬飲みますか?」とか、「しかたないよね」等々、いろいろな返答がある中で、「つらいよね」とか、「それは、困るよね」という返し方は、ワイルドカード的に万能
ただ、それを使う場合であっても、話し方、口調など、使う側の工夫する余地は、色々と存在するわけで。
時々、こういう言い方さえしておけばいいだろう的な口調で、このワイルドカードを使う人がいる。まぁ、ものすごく、もったいない使い方なんだが……



難しい説明を重ねてしまった。

まぁ、精神科治療の基本をある程度抑えながら、その患者さんが楽にはどうしたらいいのかということを真剣に考えながらの対応ならば、ほとんどの返し方が正解になる。
これは、ホント。
結果的にひどい台詞になっても、伝わるものは、きちんと伝わる。

大切なのは、考えて対応するクセを付けておくこと。



Smile Breakfast / julio.garciah




2013年5月7日火曜日

心あたたまる精神療法をみた



Twitterで、小峰玩具製作所というぬいぐるみ製造会社のみやっちさんというアカウントが、面白いつぶやきをしていた。

わずか6ツイートなので、そのまま貼り付けてみる。







病気の治療ではないけれど、姪っ子さんが良い治療者の役割を果たしていて、みやっちさんが癒されている。みやっちさんだけじゃなくて、読んでいる自分まで、癒されたような気持ちになった。
これって、精神療法といってもおかしくない、とても良いやり取り

頭の中に、モヤモヤとした「何か」が居座っている状態は、精神的によろしくない。予想以上にストレスフルで、精神的に疲弊してしまいがち。
そんな状態の人をみた時、その「何か」を頭から引っ張り出して、できれば無効化できればなぁと思う。

上手な無効化のやり方の一つは、心を悩ませる「何か」に名前をつけること
名前をつけてしまえば、「何か」は少し扱いやすいモノになる。そうなると、「そんなモノはたいしたことないんだ」と、心のなかで方をつけやすくなる。とりあえず方をつけるだけで、大分気分が楽になる。

こういった時には、妙に悩んだり、苦しんだりしないやり方にするのがベター。だって、「悩みを解消する作業」を悩みながらやるのも変でしょう。

だから、「笑い」ながら無効化するのが、よりベターなやり方


冒頭のみやっちさんと姪っ子さんのやり取りは、「心を癒す」作業を、とてもうまくやっているわけなんだ。
みやっちさんの頭の中の「モヤモヤ」は、「キングジコチュー」っていう名前がつけられて、プリキュアがやっつけるというストーリーに落とし込まれてしまった。しかも、こんなに形でやられると、もう笑うしか無い。そして、素直に笑い続ける。
こりゃ、癒されるわ。
(みやっちさんの悩みは、「自己中」の話ではない可能性のほうが高い。でも、「モヤモヤ」が「キングジコチュー」という面白い名前になったこと自体が、ポイント)


こういった精神療法をやりたいなぁと思うだけど、本当に難しい。
患者さんに対する理解する能力と、言葉に対するセンスが必要なんだよね。頑張らないと。

TLを見ながらそんなことを考えていたら、ヤンデル先生がやってくれました。


「ハートみやっちプリキュア」って…… なに、この上手いタイトル。
これじゃぁ、精神科医の自分の立場がないじゃないかww

2013年5月2日木曜日

Twitterのつぶやきで理解したつもりになっていいの?


「治療の枠組をつくる」というのは、精神科治療の中での大きなポイント。

精神科の治療は、心が休まる魔法を使うわけではないので、どうしても「限界」というものが存在する。
「できることもあれば、できないこともある」という当たり前の話。
治療者と患者さんとの間で、治療には限界があることを共有する。それが大切。

治療を受ける側は辛いから、その枠組を超えてでも「楽になれると、自分が思うこと」を求めてくる。
その行動は理解できる。だからといって、その要求が満たされるまで、どこまでも応えていくことが、治療的かどうか。
「楽になれると、自分が思うこと」というのは、様々な形で表現される。素直に表現される場合もあれば、ちょっと捻った形で表現されることも。
治療側は、その表現を解釈して、対応を考えることになる。解釈の手がかりは、「相手に対する理解」から生まれる。
「相手に対する理解」というのは、生育歴とか、治療の中での関係性とか、いろいろな情報から生まれる。もちろん、理解するのが上手い、下手な治療者というのもある。ただ、「少しの情報で、わかったつもり」の治療者の行動というのは、恐ろしい



Dire Haircut Need / CarbonNYC



例えば、治療の枠を外れて、電話をかけてきたり、病院に来たりして、「話を聞くだけでいいから、聞いてもらえないだろうか」という要求があった場合。主たる治療者以外の治療サイドの人間が、「じゃあ、時間があるから、聞いてあげよう」なんて応じることがある。
これは、その時点での満足度は、ものすごく高い。むしろ、「困っている人を助けてあげた」と思っている、その場限りの治療者の方がより、すごい達成感を抱いていることも、しばしば。

これが、治療全体の流れから考えた時、治療的な行為だったと思えるかどうか……


枠組みを設定した、主たる治療者は「枠を超えるかどうか」という問題の中で起こる、しんどい状況に立ち向かう覚悟がある。(逆に言えば、その覚悟がないのに、枠組み設定したらダメなんだけれど)
これは、本当にしんどいことが起こる。でも、それをやっていくのが治療




で、Twitterをしている医療系アカウントを見ていると、時々気になることがある。
Twitterの関係の中で治療的な関わりをすることに、危険性があると思っている。その理由は、前述の通り。


まさか、Twitterのやり取りだけで、治療レベルで「相手のことを理解できている」なんて思えないよね。

Twitterって、普通の議論をするのも難しいツールなのに、まさか、お互いに問題点を抑えたり、共有したりした、建設的なやりとりができるなんて思えないよね。

辛いとツイートをしている相手に対して、「相手の気持ちを癒せるような」とか、「相手が前を向けるような」とか、そういう良い効果をもたらす働きかけが「直接的に」できたって、まさか、本当に思ってないよね。




40+41 outtake / bark





こんな考え方もあるんだということを、医療系アカウントの人には、ちょっと知ってもらえたらいいと思う。
もちろん、いろいろな考え方もあるし、「医療問題じゃない時にはどうなんだ」とか、いろいろなことも考えられるけれど、それぞれのケースについては、各々で考えてね。


追記
長々と書いたけれど、これがヤンデル先生だと、1ツイートで言い表せているという、恐ろしい現実……