2013年3月22日金曜日

「元気がない」と「抑うつ」なのか?


「元気がない」という訴えを「抑うつ」という方向だけで解釈していくと、落とし穴にはまってしまいそうで、ちょっと恐い


「元気がない」患者さんが、かかりつけの内科で相談する。
すると、以下の経過をたどることが……

「元気がない」=「抑うつ」=「うつ病」
うつ病かもしれないから、抗不安薬や抗うつ薬を処方する
抗不安薬や抗うつ薬にも鎮静効果がある
鎮静効果を、患者さんも医者も「より元気が出ない。病気が治らない」と思う
薬を増やしましょう

こういったネガティブスパイラルが、しばらく進行してしまう。そして、どうにも上手くいかなくなって、精神科に紹介されてくるパターンは、珍しくない。




An old silk-worker (now unable to work) living on earnings of a roomer, March 1937 / The U.S. National Archives



似たようなパターンが、スルピリドという薬。これは、抑うつ効果もあるし、食欲低下にも効果があるとされている薬。高齢者の抑うつで使う医師は、まだまだ多い印象。

内科の先生が、高齢者の抑うつにスルピリド使う。すると、副作用として、軽いパーキンソニズムが出て、少し動きが悪くなる。「元気がなくなって動けなくなった」と解釈。でも、「抑うつ」があるからスルピリド減らせない。だから、抗不安薬を増やしたり、抗うつ薬を追加して試してみる、という方向性に走りやすいような感じがある。


これを防ぐポイントは、患者さんのどこを診て、どう考えて、「抑うつ」と評価するかということになりそう。
自分が診察する場合は、「精神運動抑制」、「悲哀感」、「焦燥感」なども推し測りながら、どれくらい「抑うつがあると言えるかと考えているような気がする。でも、”気がする”と書いちゃうくらい、上手く説明できない。このあたり、本当に言語化できるものなんだろうか……

言語化しにくいものを理解する時に、「皮膚感覚」とか「身体感覚」で理解するといったフレーズがよく使われる。
多分、知覚化されていない思考過程があるはずなんだけど。こういったフレーズを使われると、それ以上のことが教えてもらえそうにない感覚になる。どうしよう……



Artisan (Artesão) / pedrosimoes7




ちなみに、「プレコックス感」も、これに似たようなものがあるような気がする。
こっちのほうが、もっと難しい。

2013年3月20日水曜日

「相性」の問題って、難しいよね



精神科治療で、主治医と患者さんの間に「相性」のようなものは、確かにある。
こればっかりは、修正が効かないことも少なくない。だから、「相性」が理由で、主治医を替えていくことは、必ずしも悪いことではない。ただ、人間関係のことだから、その判断は難しい



Buddy goes Bonkers / MichelleWalz



精神科治療の中でも、主治医を替えたり、治療の場を替えたりする時には、きちんとした手続きというか、やっておくべきステップを踏んでおくこととかは大切
自分が新しい治療者になった時を考えると、より切実な問題と思えてくる。

「病院をかわろうと思っていても、今の主治医にそのことは言えません。でも、病院に来たのだから、診て下さい」と言って、受診してくる人もいる。こちらが紹介状などの必要性を説明しても、そこでトラブルになってしまって、医療側が疲弊することも少なからずある。こういう時は、自分の考え方が固すぎるのだろうかと、時に悩むことも。
でも、「言って、向こうが対応してくれなかった」場合と、「言わずに情報がない」場合とは、同じではない。ここは譲歩しにくい。
”必要なことをしない、嫌がる”というのは、治療の中でポイントになる場合もある。そこを誤魔化すと、あまりよろしくない。

いわゆる「ドクターショッピング」は、こういった手続きとか、相談とかをしていない状態での受診だと認識している。違うのかしらん。
(だから、「ドクターショッピングは悪くないことです」と書かれた文章をみると、ものすごく違和感がある。)


主治医や治療の場の変更問題がある時に、医師だけでは話が進みにくいことって、少なからずある。
そんな時、”気の利いた”コメディカルスタッフが動いてくれると、本当に助かる(”気の利いた”というのがポイント)。
医師と患者さんという二者の関係だと、どうしても膠着状態なったり、手詰まりになったりしがち。
だからこそ、上手くサポートしてくれるコメディカルスタッフという存在は、何者にも代えがたいし、上手く利用したいと思っている。(もう一つ、コメディカルを育てるというテーマもあるけど)



NPOなんでも相談室 / center-i







2013年3月1日金曜日

何でも自由に話せる相手


頭の中で色々な考えが渦巻いている状態は、自分では気が付きにくいけれど、精神的にはかなりストレスフル。だから、これを回避するスキルを身につけて、損はない。
ちなみに、統合失調症の患者さんの状態が悪い時は、「頭が回っていない」のではなくて、「過剰な空回り状態の頭」になっている時が多い。だから、薬による強制的なブレーキが必要。


「頭の中で考えが渦巻いている状態」の対応としては、「考えていることを一旦外に吐き出す」ことが一つの手段。とにかく外に出すことで、頭の負担を軽くする。
じゃぁ、どうやって外に出すのかというと、「話すこと」「書く(描く)こと」になる。
ちょっと、話がそれるけれど、「話してすっきりする」ということは、「頭の中のものを外に吐き出す」という排泄行為だからかもしれない。


考えていることを頭の外に出すために、「話す」にはどうするか?
それには、とにかく自由に、思いのままに話すしかない。上手い話し方を身につけるのも大切だけれど、それは後からついてくるはず。

「話す」時には、話し相手の存在が必要になる。
じゃあ、誰に向かって話せばいいのか? これが、結構難しい。



chatting / zoetnet



話し相手によっては、せっかく話をしても、反論されたり、きちんと聞いてもらえなかったりする。そうなると、場合によっては、話さなかったほうが良かったという結果になりかねない。
それは、仕事をしている人が、グチを言う場を、家ではなく、飲み屋みたいなところに求めること考えればわかる。
家族にグチを言っても、きちんと聞いてもらえることは少なく、ましてや反論される事が多い。それでは、がちストレス発散にならない。一方で、飲み屋の人は、客商売だと割りきってくれるから、とにかく話を聞いてくれることが多い。聞くことも、商品とかサービスの一つだし。


どんな話し方でも、どんな内容であっても、無批判に聞いてくれる存在は、効率よく「頭の中のものを話させて」くれる
ただ、そういう”聞き方をしてくれる人間”というのは、なかなか存在しない。
精神科医の診察でも、カウンセリングでは、一旦はそういう効き方をすることが基本にはなっている。でも、診察時間とか、治療契約とか、なんらかの形で制限は存在する。この制限は、案外、一般の人が期待するよりも厳しいんじゃないかと思う。

人間を話し相手にすると、限界が生じるのは必然になる。となると、「人間じゃない存在」が話し相手になってくれたら……
そう考えると、動物(ペット)あたりは、一つの正解
動物は、人語を話さないから、絶対に具体的な反論はしてこない。きちんと耳を傾けているかどうかわからないけれど、側にさえいてくれたら、なんらかのリアクションをみることができる。それを自分に都合よく解釈するのも自由だ……
アニマルセラピーの効果の秘密は、こういうところにもあるんじゃないかと思っている。実際どうなのか、やったこと無いからわからないけれど。
もちろん、それ以外の要素もある。例えば、動物のいる場所まで移動するとか、なでたりした時の肌触りの良さとか。



Behavioral health dog / Army Medicine



ただ、動物を相手にするのも万能ではない。人間とは違ったハードルが、それなりに存在する。
それならば、いっその事、「生物」以外を話し相手にしてもいいと思う。
例えば、「ぬいぐるみ」なんてのも、選択肢の一つだ。動物に比べると、具体的なリアクションが返ってこないのが欠点といえば欠点か。
大人になっても「ぬいぐるみ」に話しかけたりする行為っていうのは、わりと賛成
むしろ、上達すれば、自分の問題をうまく解決できる方法を身につけることができるんじゃないかと思う。




朝、ビーグル犬のぬいぐるみと戯れるとらちゃん(2012/2/7) / yto



要は、頭の中のものを、一旦は無批判な形で吐き出す場所があると、精神的に楽になりやすい。そのために、自分にあったやり方や型を見つけるのは大切じゃないかと。