2013年1月25日金曜日

怒られるのには理由がある





この感覚、わかるような気がする。
診察の時に注意していることや、他の人の対応を見ていて、時々引っかかる点に関係するから。

統合失調症を発病した患者さんの診察で、ありがちな光景。
医療者が「あぁ、幻聴があるんですね」と、患者さんに言ってしまう。
直後に、「私には幻聴なんて無いんだ!」と怒鳴り返される。

これは、患者さんが怒ってしまうのが当たり前。

だって、「幻聴があるなんて言ってないのに、勝手に、幻聴だって、医者が自分の考えを押しつけてくる」と思われてもしかたがない返答だもの。



Rome visit, June 2008 - 57 / Ed Yourdon




診察の時、特に最初の段階では、まとめすぎたり、自分の考え方を押し付けないことが大事
例えば、「○○という声が聞こえてくるんですよ」と言われた時には、「あぁ、○○と聞こえてくるんですね」と答える。
患者さんの使っている言葉。それをそのままの形で、話をする材料にすればいいだけ

当然、カルテに記載する時には、「○○という幻聴あり」と、どこかには書かないといけない。

自分の判断や解釈を、患者さんに伝えるときにはどうするか。そこは、治療全体の流れとか、必要性とか、治療関係とか、色々と考えてからにしないと。
相手への説明とカルテ記載は別の話だから。




ところで、かなり長期の経過を経た患者さんが、「幻聴があります」って言ってくることがある。これは、きちんと病識が形成されている場合もあるけれど、周囲から「幻聴だよね」と教えこまれ続けた結果であることも多い。後者の場合、「幻聴や妄想があります」って言うけれど、病識は無い状態になってしまうわけだ。
これについては、医療側の反省が必要





2013年1月23日水曜日

コストや効率を重視すると失われるものがある





料理の鉄人は、「圧倒的な説得力と胡散臭さを兼ね備えた鹿賀丈史」がオープニングに出てくることで、キッチンスタジアムという異空間に導入するという手続きを踏んでいたんだよなぁ。
リメイク版は、そこが上手くいかなかったのが致命的。

ネットでのフジテレビ批判は、別として。フジテレビの番組を見ていると、過去の番組作りの手法の基になっている技術やテクニックが、色々なところで劣化しているような気がする。
「めざましテレビ」なんて、テロップミスとか、カメラの切り替えのミスとか、以前より増えたような気がしてならない。

コストや効率を重視してしまうと、技術やテクニックの継承に悪影響を与えてしまうんだろうな。

多くの物語で、超絶テクニックを保持しているのが「既に終わったロートル」であることは、お約束だし。
一方で、一度失われたものを復活させるには、天才の出現を待たないといけないしなぁ。




Clockmaker. / MIKI Yoshihito (´・ω・)




技術やテクニックの継承の問題って、精神科医療でも同じようなことが当てはまるんじゃないかという不安がある。
この辺り、他の領域ではどうなんだろうかしらん。ちょっと、気になる。





2013年1月22日火曜日

一歩踏み込んだ質問


症状を自分の言葉で説明できる、統合失調症の患者さん。
そういった患者さんが、自分の感覚を言葉にしている時には、注意深く聞いて、その話を広げてみてもいいのでは。
その言葉の一つ一つは、病気を理解をするためのキーワードになっていく。キーワードのストックが増えれば増えるほど、自分なりの疾患の理解が頭の中にできてくるはず。

臨床の場面では、治療の選択など、色々と決断を迫られる時がある。その時に、自分なりの理解は大きな武器になる。


それでは、どんなことを意識して診察をすればよいのか。

まず、患者さんに対して、「幻聴がありますか?」とか、「誰かに、嫌がらせを受けているように思うことがありますか?」ということを、”きちんと”聞いていく事は大切。
”きちんと聞く”という事が大切で、それは操作的診断基準につなげるために必要な手続き。それは、治療の中で共通の認識を作るための大切な道具だから、これも疎かにはできない。

そして、余裕があれば、「聞こえてきた時、どんな気分になりました?」とか、「そう思って、苦しくなった時に、どうしています?」とか、困った状況で相手がどんな状況であったか確かめるような、一歩突っ込んだ質問をしてみて欲しい。



Me_listening_on_query / shirishag75



それから、こういった聞き方は、患者さんの内面に踏み込んでいく質問になってしまう。
その時、「これを聞いても大丈夫だろうか?」とか、「嫌がれないだろうか?」とか、色々な不安やリスクを感じてしまうかもしれない。
でも、そういったことを感じてしまうのは、当たり前。臨床の場面では、その中で治療のために必要な行動をとるために決断をするという「覚悟」が必要になる。この「覚悟」を育てていくのも、臨床の力を伸ばしていくには、必要じゃないかなぁ。






(追伸)
この文章は、Twitterのつぶやきを書きなおしたものになる。
具体的な質問のやりかたのことに触れたつぶやきでは、医学生のアカウントが反応していった。

でも、注意して欲しいのは、医学生や看護実習生などが、実習をする時には、このブログの内容のことは意識しないほうがいい。
実習では、スタンダードな対応をしていくので十分である。(スタンダードな対応は、指導者に確認するように)

psykomaのTwitterアカウントでは、医学生、看護実習生のアカウントはフォロー返ししていない。
それは、意識してやっていることなので

2013年1月7日月曜日

単なる杞憂であればいいんだけれど


TwitterのTLを見ていると、「認知行動療法」という言葉も、便利に使われ始めたような気がする。こういう状況を、キャズムを超えたって言うのかしらん。
(まぁ、自分も「認知行動療法」という言葉をよく使っていますけど……)

なんとなく、「うつ病は、心のカゼ」、「最近、新型うつ病が問題になっています」、「うつ病と診断をされていても、双極性感情障害の可能性があります」等のフレーズの広がり方と似たようなものを感じる。



心配なのは、一般の人が「認知行動療法」について勘違いをしてしまうこと。

いわゆる「認知行動療法」の中には、いろいろな(精神)療法のエッセンスが含まれている。「認知行動療法」という名前の「これまでの治療とは、全く異なる新しい」治療方法というわけではない。過度な期待は禁物だし、その名前を付けずに必要なエッセンスを取り入れた治療もある。




例えばの話。
それなりに臨床力のある治療者は、いろいろな形で、患者さんの「認知」や「感情」などについて、上手く取り上げて、指導をするような治療をしていることは少なくない。この場合、治療的な内容としては、「認知行動療法」のエッセンスを上手く取り入れているわけだ。

だが、治療を受けている患者さんが、「先生が、私にしている治療のやり方は、『認知行動療法』ですか?」と質問した場合、「いいえ、(認知行動療法の専門の先生が定義したやり方ではないので)それとは、違いますね」と答えてしまうケースは、あり得ると思う。
(ちなみに、保険点数が算定される「認知行動療法」は、治療方法がかなり限定された形でないと認められない。それと違うやり方での治療は「認知行動療法」と説明しにくいし、点数もとれない)

さて、この答えを聞いて、「自分は、認知行動療法という有効な治療法を受けていない。だから、よくならないんだ」と、患者さんが勘違いしたとしても、おかしくないと思う。

「認知行動療法」に対する認識が曖昧なまま広がっていくと、こういったトラブルやリスクが増えてきそうな気がするんだけれど。
どうなんだろうか?
杞憂であれば、いいんだけれど。


ちなみに、この本は、認知行動療法の教科書と考えてもいいんじゃないかと思っています。




2013年1月2日水曜日

ほこ×たての対決って、教育番組に昇華できるはずなんだけど

ほこ×たて「金属VSドリル」第6弾のかみ砕いた専門的解説書きました | はげあたま.org:

'via Blog this'


「ほこxたて」の「金属vsドリル」は、見逃さずに見てた。
対決の中でも、本当に面白くて、本当にくいるように見てました。


「ほこxたて」については、CMカットして、対決をドキュメンタリー仕立てにしたほうが面白くなるという意見を時々見かける。自分も、これには全くの同意。面白いに決まっているじゃない。

ただし、この編集バージョンを見て面白いと思える人は、どう考えても少数派。

番組制作側も、それはわかっているはず。でも、少なくともゴールデンタイムにやるような番組で、「こういった少数派には、とてつもなく受ける作品です」という企画意図を全面に押し出すことは難しいんだろうな。
ゴールデンタイムの番組は、大衆に見せることが至上命令だし。

深夜番組で面白くても、ゴールデン昇格した途端につまらなくなる理由の一つは、これなんだろうね。

ちなみに、最近テレビ番組が面白く無いのは、この思考パターンに陥ってしまって、「少数に受ける面白さを追求する」という価値観を全面に押し出せないまま、「面白さを追求して、それを番組に反映させる」技術が劣化したからじゃないかと思っている。

万人に受けるやり方を突き詰めていくと、万人に嫌わるという落とし穴をどう回避するか…… 
これは、思った以上に難しい。
「みんなに好かれようとする努力」よりも、「現時点で、好意をもってくれている人が、好きでいてくれる部分を伸ばす努力」の方が、勝算が高いことを知っている人は多いはず。
でも、この考え方を実践していくには、わりと勇気が必要。だから、なかなか行動に移せない。





Only You / Edwin Dalorzo





ほこxたて、に話を戻すと。
自分も、番組の中のタレントトークって、正直邪魔。でも、小難し気な話は嫌いという人を捕まえるためには、あのパートは必要不可欠になる。

一番の問題は、一般受けするところから、小難しいけれど面白いというところへの思考の導線が上手くできていないところ
対決の予想前には、学者さんの予想が入る。特にその部分の作りが、限りなく下手
むしろ、あの予想パートを削ったほうが、スッキリするような気がしてならない。
それくらい、番組のレベルを上げることができない一番の原因じゃないかと思う。(ゴールデンになってからしか見ていないんだけれど、深夜番組の時は、もう少し違っていたのかしらん。)

もう、「ほこxたて」の番組の中で、少数に受ける面白さを説明するのは諦めたほうがいいのかもしれない。
そうするのなら、対決内容について、ものすごく専門的な解説をする別番組を、その日の深夜枠にでも放送すればいいのに
本放送と解説番組をセットにしてDVD化すれば、購入層がある程度拡大するような気がするんだけれど、無理なのか?

『池上彰の ここが面白い「ほこxたて 対決」』という番組を本気で作ったら、ものすごい教育番組になるんじゃないだろうか。番組そのものの面白さとの相乗効果で、その分野にあこがれる人間を一定数生み出せるくらいの影響力さえ作れそうなんだが。(でんじろう先生の比じゃないと思うけどなぁ。)





ブログをまとめる段階で、検索したらDVDブックが見つかった orz
どうなんだろう、自分が期待しているのとは、ちょっと違う感じなんだけれどな。

「プロジェクトX」の感じでもいいんだけれど、やっぱり自分が見たいのは、「池上彰の解説」の方かもしれない。