2012年11月28日水曜日

どれくらいの入院期間を希望されます?


精神疾患の入院治療。入院期間は、やっぱり最低3ヶ月は必要じゃないかと思う
これくらいの時間をかけて、ようやく病状が落ち着いたり、心の中に溜まっていた膿のようなものがでてきたりしてくるような気がする。

治療結果をもう少し良いものにしようと思ったり、再燃や再発の可能性を低くして予後の良いものにしたりする。
そういった治療は、この後から、さらに数ヶ月の時間をかけて積み重ね、整えていくもののような気がする。

ただ、それだけの時間をかけていく治療は、実現が難しい。
それは、色々なところから阻害がかかってくるから。経済的な状況であったり、社会的な要請があったり、本人や家族の要望があったり……
最終的には、当事者たちが入院治療にどれだけの価値を認めるか、ということになってしまう。



日々の食事をどう考えるのか? そういったことに似ているのかも。
こだわりのある料理人が、手間隙かけて作った一品。
ファストフードで頼む、いつものセットメニュー。
どちらも、食事は食事であって、空腹を満たすことはできる。ただ、リスク、質、満足の評価は人それぞれ。
そう考えると、提供側としては、臨機応変にどんな料理でも出せるのがベストではあるけれど。

自分には、とてもそんなことはできそうにもない。



2006 September - Chef de parti - Shoot / jenschapter3

マクドナルド六本木ヒルズ店 / yto



このあたり、数年前から考え続けているけれど、未だに自分の中での結論がでない……

2012年11月12日月曜日

統計上それらしいもの






引用したつぶやきが古いのは、tumblrのダッシュボードに上がってきたのを見つけたから。

これを見た時に、「あぁ、これは精神疾患の診断についてもいえることだな」と思った。

操作的診断基準での診断の考え方って、「統計上それらしいもの」に近い考え方じゃないかなぁと。



正規曲線のもとでの割合 / yto




ATOKもイイなぁと思いながら、今のPCのIMEはGoogle IMEを使っている。
同じように、診断に対する、この考え方が間違っているとは思わない。こういった考え方は、必要な物だ。
だから、これからの医療というのは、「統計上それらしい診断」に基づいて、治療などが考えられていくはず。

そうなると、精神科治療というものは、今自分が思っているものから異質なものになってくるんだろうな。
そう、思えてしまう。

どうなっていくんだろう……


2012年11月6日火曜日

「細かくて、頭の良い説明」は、本当に伝わるのか?



病理医のヤンデル先生の、いつもの奥深いつぶやきから。


このつぶやきを自分なりに解釈したり、考えてみたり


「細かな説明」は、必ずしも「分かりやすい説明」では無い。だからといって、「簡略化した説明」が良いとは限らない



こういった説明で大切なことは、重要なポイントの抽出と、表現のセンスじゃないかな。

ただ、これは達人の技になるので、中途半端に意識すると、正しく”生兵法は怪我の元”を実践することになるから、注意が必要。そうなるくらいなら、「細かな説明」の方が無難。焦って失敗するよりは、そっちのほうがいいかな。



2010 Ethics in the Science Classroom (CURE Teachers ISCRM) / NWABR


「頭を使っていない説明」は論外として、「頭の良い説明」というのは、案外伝わらないことが多い
それは、聞く側が頭が悪いからということだけではない。

「頭の良い説明」というのは、感情的な部分も合わせていくのが難しい。感情を伴わない理解というのは、わりと頭に残らない。だから、「説明を聞いたけれど、何だか、よくわからなかった」という結果に終わることも、少なくない。

説明をする時に、感情的な部分を合わせていくことは、意識していけば可能。例えば”共感”のテクニックを使っていくとか。(”共感のテクニック”という点については、今回は話をしないけれど)
ただ、ここでも注意することがある。
感情的に一致した状態というのは、案外持続時間が短い
饒舌な説明になると、一方が冷めてしまって、感情がずれていくことも、注意しておいた方がいい。

うん、医療面接というのは、難しい。

最後に、





2012年11月1日木曜日

「生き方」は、予後を左右する?




「~してもらって、当たり前」、「(私は)絶対に悪くない」というのは、呪いの言葉なんだろうなぁ。

そして、その呪いは自分に向かってくるはずなんだけれど。




そういうことを考えていると、「生き方」というのは、精神疾患の治療予後に関係する因子のように思えてきた。


「生き方」というのは、客観的に評価できるものではないから、どうやっても、エビデンスを作ることはできない。

だから、「証明してみろ」とか、「それに見合った、正しい治療の道筋を作れ」とか言われても、「それは無理です」としか言いようがない。

でも、治療をしていく中のどこかで考えないといけないことだ。




on my way / AlicePopkorn