2012年10月10日水曜日

愚痴るって、大切なんだけどね



正しくグチをこぼせる場の設定って、大切じゃないかな。


何も考えずにグチを口にするだけでは、言語化する効果が薄れたり、場合によっては、悪意の拡大再生産になることすら、ありそう。


Twitterで匿名アカウントにして、自分のネガティブな思いをつぶやくのも、一つのグチのこぼし方としてあるかもしれない。
でも、思わぬ反撃をもらったり、肯定されたと思っているうちに妙な心理状態に導かれたり、どう考えても、ポジティブな結果に終わらないリスクが高そう。
あんまり、お勧めはしない。


ポジティブにしろ、ネガティブにしろ、自分の思いを一度形にするのは大切なこと。「グチをこぼす」のも、そのひとつではある。

じゃぁ、どうするのかというと、善意の第三者じゃないけれど、善意を持つ存在に取り扱ってもらったりメタ視点で考えなおしたりして、グチが処理されるといいんじゃないかな。




Consultation / thekirbster




前者の場合、つまり、善意を以って、自分の思いを取り扱ってもらう場合。
これには、相手があることだから、そこを考えないといけない。
つまり、ぐちをこぼすにしても、相手が善意を引き出してくれるように考えて行動をとるのが一番効率的じゃないかな。
たとえ、それが「偽善」に思えたり、そう見えそうな気がしても。

後者の場合、つまり、自分の思いをメタ視点で考えなおす時には注意がある。
「そんなことって、たいしたことじゃないんだよ」というくらいの姿勢のほうが良さそう。
自分で自分の考え方を上手く笑ったり、バカにしたりするような感じかしらん。
これが巧くできるようになると、人生に粘りみたいなものが出てきそうな気がする

だから、自分で自分のことをネタにして笑える人間は強いと思う。



一般の人が考えるレベルでの「カウンセリング」とか、CBTとか、こういうことを考えて見なおしてみると面白いかもしれない。