2012年9月27日木曜日

古いタイプの精神科医ですが……



”抗精神病薬って、どんな作用のある薬ですか?”という問題を出したとしよう。

「抗精神病薬は”鎮静”の薬です」

この答えは、かなり多いんじゃないかと思う。
間違いじゃないけれど、合格点はあげられない。10点満点で5点かな?

”思考が散漫になるのを抑える”薬という作用が間違いなくあるからだ。

もちろん、前者のほうが強く作用しがち。
鎮静の強さは、抗精神病薬の薬としての最大の欠点でもあり、利点でもある。正に、コインの裏表。



50 Pence coin 1994 - 50th anniversary of D-Day - Normandy Landings / ell brown



でも、”鎮静”と”思考が散漫になるのを抑える”という二つの効果を認識していないと、非定型抗精神病薬を使いこなすのも、なかなかに難しいと思っている。

そのためには、ハロペリドールを使い込んだ経験があったほうが、非定型も含む抗精神病薬の使い方を理解しやすいんじゃないか、そんな気がしている。

ハロペリドールをいろいろと工夫して使った経験。つまり、
少量のハロペリドールが、精神症状に与える効果。
鎮静が必要になった時に、必要量のハロペリドールを使う。その時に、どんな鎮静がかかっていくか。

そういったものを経験した上で、非定型抗精神病薬を使った時に
鎮静の程度が、どれくらい違うのか。
抗精神病薬が精神症状そのものに、どのように効いていくか。
それを注意深く見つめる。

比較対象となるものがあれば、「効果」というものが分かりやすくなる

そういうことだ。



最近の(?)精神科医は、医師になった最初から非定型抗精神病薬での治療経験が圧倒的に多くなっているはず。そんな治療者が、薬の効果を、どういう形で見積もったり、認識したりしているんだろうか?
興味が尽きない。


古いタイプ(笑)の精神科医の自分とは、間違いなくズレがあるんだろうな。
でも、そのズレを確かめてみたい。



Wear the White Coat 2011 / Greater Louisville Medical Society




2012年9月21日金曜日

psykomaは戯れができぬアカウントよ!

さて、タイトルの元ネタが分かる人が、どれくらいいるんだろう……



自分の考え事をまとめる時には、ノートに書き出して考えることが多いんですよね。


その時には、「深く」「広く」「視点をかえる」ことを意識するようにしている、つもり。

意識していても、なかなかできないから、どうしても「つもり」になってしまう。



考え方に少し行き詰まりを感じたら、時々考えていることの一部をTwitterに投げかけたりする。

例えば、こんな感じ。


で、「視点をかえる」意味で、バカなことも書いていたりする。
例えば、こんな感じ。



そう、上の二つは、「躁状態」の治療について考えていた同じページに書き込んであるんですよね。
これだけじゃなく、他にもいろいろと書きこんではありますが。




最近は、「バカなこと」というか、「くだらないこと」というか、何といえばいいのか、人を笑わせられたり、楽しませたりするモノにできないか、そんな方向で考えている。

でもなぁ。元々、センスが無いのか、どうにもうまくいきませんね。
もともと、冗談が上手いほうじゃないので。


Twitterの裏アカウント(とはいっても、鍵なしでのアカウントなので、どこが裏なのか、良くわからない)で、ツッコミの練習(?)してます。


例えば、こんな感じ。さっきのツイートを受けてのツッコミ……

……、やっぱり面白くない  orz



追伸:
ヤンデル先生。



せっかく、こんな風に取り上げてもらったのに、恥ずかしさのあまり、「いじらないでください」と言って、申し訳ありませんでした。



これからは、いじってくださいねw

また、よろしくお願いします。





2012年9月14日金曜日

「認知行動療法的なもの」をモノにする



外来患者さんに関するメモを見ながら、いろいろと考えてた。

認知行動療法、というか、自分がやっている「認知行動療法みたいなもの」に導入していくには、どうしたらいいのかしらんと。
でも、やっぱり、何かいろいろとハードルが高い……



coffee, diary&citymap / Gipsy Art



「認知行動療法的なもの」と「薬物療法」、早い段階での効果を実感できるのは、後者のほうが多いんじゃなかろうか、多分。
「薬を使わない、素敵な治療法」って、安易に考えると、自分で自分の治り方に落とし穴を掘ることになりそう。



「認知行動療法的なやり方」の肝は、”どこまで継続することができるか”
少なくとも3ヶ月、欲を言えば6ヶ月は継続してないと、身につかないんじゃないかな。



このあたりは、正当な(?)ダイエットと一緒。
やり始めた直後に、少しだけ効果がある。この効果に満足して止めてしまうと、元の木阿弥。
効果があるのか、ないのか、迷いの時期がしばらく続く。
そして、最適化(?)した生活習慣が自然に思えるように身についてから、また効果が出たり、持続しやすくなっている。
こんな感じじゃないんだろうか。



Start diet today / Alan Cleaver


そう考えると、「認知行動療法的なもの」って、自分のモノになるまでは、他人からの目を通した長期間のメンテが必要ということか。

そう考えると、スポーツトレーナーの考え方、方法論も参考になるものがあるかも。

2012年9月12日水曜日

躁状態について、あれこれ


躁状態の場合でも、よくよく話に付き合ってみると、その裏側になんとも言えない抑うつ的な要素が見えてくることって多い。

躁状態は抑うつ状態に裏打ちされたものって考えてもいいのか、むしろ単純に「躁鬱混合状態」と考えたほうがいいのか。
自分的には、前者のスタンスで解釈することが多いんだけれど。



Ensnared In Light And Shadow / bogenfreund


こういうことを考えながら診察しているかもしれなけれど、躁状態の患者さんの診察は、面白くて好き。
気分の振れ幅の大きさに影響されて、人となりのようなものが増幅して見えてきて、患者さんのことがより理解できるように思えるから、なんだけど。
もちろん、増幅されたものだから、脳内できちんと修正しないといけないけど。


あと、躁状態のことで、気になることが一つ。

躁状態の患者さんの話は、突拍子もなかったり、過剰だったりする表現になり易い。
それを聞いていたスタッフが、「妄想状態」と解釈したりする場合がある。逆に、言葉をありのままに受け止めすぎて、妙な反応を示すことも。

言葉の表面上の表現だけで、精神症状を評価するのは難しい




精神状態を評価していくと、「全地は一の言語一の音のみなりき」の状態であれば、どんなに楽なことか。ついつい、そんなことを考えてしまう
やれやれ。




Toren van Babel_2 / Martijn Streefkerk



2012年9月5日水曜日

オレンジプランについて、ユキ@MSWさんのつぶやきまとめ



認知症早期診断可能な医療機関を500カ所に 厚労省が施策推進5か年計画公表 - SankeiBiz(サンケイビズ):

'via Blog this'

この記事を受けて、Twitterからの抜粋。
togetterを使うのは、なぜだか抵抗があるので、こんな形にしてみました。













さて、認知症の入院期間もいろいろと論議が出ているが、果たしてどうなることやら。




Saying farewell to Nana after 88th birthday cookies / Tim & Selena Middleton


2012年9月4日火曜日

素朴かもしれないけれど、大事な疑問


TLでみかけたつぶやき


素朴な疑問かもしれないけれど、これは大事な疑問。



精神科医療に携わる人であれば、一度はこの疑問を考えぬいてみることをお勧めする


考える時に、大事なポイントがある。

それは、自分の担当している(もしくは、知っている)患者さんの問題として考えること。別に、治療抵抗性の強い患者さんに限らなくてもいい。治療がうまくいっている患者さんで考えてみても、面白いと思う。


患者さんは、

普段どんなことに困っているのか?
自分の病気の症状を、どんな風に話しているのか。
一日何回薬を飲んでいるのか。朝は、何錠、昼は何錠……
薬を飲む時には、どんなことを考えているのか、それとも何も考えていないのか?
薬を飲むと、体調に変化があるのか? それとも全くないのか?
薬が変わったことがあるのなら、調子に変化があったのか?
薬を飲んで、よかったと思えることがあるのか?
薬を飲んで、嫌なことがあるのか?

などなど



それが他の患者さんに当てはまらなくてもいい。とにかく、その患者さん個人の問題として、できるだけ具体的に考えることがコツ


きっと、臨床能力が一段階ステップアップすると思う。



step it up / followtheseinstructions



2012年9月3日月曜日

精神科医に働く”見えざる手”

下のリンクは、精神科医の”いちは”先生のブログ。

とりあえず俺と踊ろう: 『暴れる精神障害患者に鎮静剤投与は違法』 まず警察へ!!:

'via Blog this'


この内容とは、直接的には関係無いけれど、以前から気になっていることが一つ。




例え精神疾患の患者さんであっても、他の施設とか、(特に非精神科)医師が鎮静をかけた状態では、病院に搬送されても、本人の意思確認とか症状の判断ができないので、入院をさせられない。
というのが、自分の認識なんだけど、違ったかな……

特に、非精神科の医療職が、このことを分かってくれないことが多くて、電話口の対応でトラブルになったこともしばしば。



いろいろな人から聞いた話になるけれど、
地域によっては、何故か措置入院に対するハードルを高くしたり、とにかく対応に困った人は精神科に何とか入院させようとする、”見えざる手”というのも、存在するらしい。
しかも、この”見えざる手”は、診療の場や精神科医に強力に働きかけてくる一方で、絶対に責任をとってくれない。
だから、本当に厄介で困る。



精神科の入院には、大きな前提がある。
”精神保健福祉法に基づいて、患者さんに対する人権的な配慮の中で、精神科の入院は決まっていく”ということ。
このことは、一般的な(?)医療職ですら、きちんと理解できていないことが多い。


精神保健福祉法に基づく、措置入院、医療保護入院というのは、国家試験にも出てくるから、知識として覚えている医療者は少なくない。

ただ、試験のための知識レベルだから、
医療保護入院の場合、(患者)本人の同意がなくても、1名の精神保健指定医の診察により、保護者の同意により入院させることができる」
程度の知識であったり、場合によっては、強調フォントの部分しか覚えてなかったり……
(まぁ、まだ覚えているだけマシという、哀しい現実も)




Study hard / bartosz.maciejewski




精神科での入院の知識を、現実的に運用できる形で理解している人は少ない。
それが、実際の医療現場で、話がうまく進まない原因の一つになっている。

つまり、知識があっても理解していない人が多いという事実が、”見えざる手”を構成するパーツの一つになっている。


実際に運用されるところ、つまり精神科外来での入院場面に出会わないと、このあたりは理解はできないんだろうね。

うん、それは認める。実践を伴わない知識は、上手く利用できないものだ。

昔のように、実習の時しか精神科の医療現場を見たことがない医師なら、なおさらそうだと思う。


で、今の初期研修制度になって、このあたりは少しは改善されたんだろうか?
ちょっと、気になってきた。






追記:
医療保護入院の制度については、近々変更される可能性が高い。
そうなった時に、入院へのアプローチも変わってくるはず。
さて、どうなることやら