2012年7月18日水曜日

間違った考え方なのかなぁ……


どんな所でも、どんな時にでも、「自分の病気が”治る”最高の治療が与えられる」という思いは、希望なのか、願望なのか、妄想なのか……



普段の診療場面でも、治療方針や内容については、それなりに説明をさせてもらっているつもり。

それでも尚、「私は、先生のやり方ではなくて、こういったやり方でやりたいんです」という姿勢の患者さんもいます。
こういう「すれ違い」が起こってくる場合には、転院などお勧めすることが多い。



Jim and Allison / mikecogh


「すれ違い」の解決には、思ったよりも、時間と手間が必要になるんだよね。
それだけのコストをかけることが、どんな時にもできるかどうか……

転院を勧めるという手段は、治療的には下手なやり方。それくらいは、わかっている。

医者は、目の前の患者さんの主治医であると同時に、他の患者さんの主治医でもある。だから、全体的なコストのバランスを、ついつい考えてしまう。

こういった考え方も、間違っているのかなぁ。

やれやれ。

2012年7月12日木曜日

「軽躁状態」って何だろう


双極性感情障害の概念が広がる過程で、「軽躁状態」が注目された。そして、過剰評価気味になっている。

そんな中で、最近みんなが、「軽躁状態」と評価しているものが、なんとなく気色悪い





”躁状態には、まず感情に対する評価があるべき。”というのは、原則論すぎるのかしらん。
感情面に注目して、『生気感情の亢進』『気分爽快』があって、始めて「躁状態」って言えるんじゃないかしらん。
こういった視点が、最近おざなりに扱われているような気がする。




Happy / John-Morgan



「軽躁状態」というからには、躁状態と同じように、多少なりとも感情の障害が伴っているはずだと考えるのはおかしいのかな?
双極性障害の症例の話をみていると、どうにもひっかかる。
「軽躁状態」と評価している時の、感情面の記述がどうにもあやふやな気がしてならない。

つまり、双極性感情障害の「(軽)躁状態」と評価しているものは、本当に”躁”なのかと、疑念を持たずにはいられない。



”双極性感情障害”という疾患の立ち位置自体を考え直さないといけない。
そんな気持ちにさえなってくる。


自分のこのモヤモヤした感じというのは、すぐには結論が出てこないことのようだ。

じゃあ、どうしようか。

結局、自分がしっかりと体感できる目の前の患者さんを診ていくしかなさそうだ
その中で、自分なりの考え方を成熟させる。それが、まず大事。

時間が経てば、いろいろな意見が集まってくるはず。
それらがまとめられた結果が、世に出てくるはず。

それと、自分の中の考えを照らしあわせていく。それができたら、自分は次のステップに進むことができるんだろうなぁ。





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