2012年5月31日木曜日

治療は、「約束」でもあるんだよなぁ




という、斎藤環先生のつぶやきを読んで……



青木先生の「がっかり療法」のようなスタンスで対応は、今までに何度かやったことがあるつもり。

このスタンスでの患者さんとのやりとりは、やりがいを感じることが多いかな。

一方で、患者さんの家族からのプレッシャー(?)は、かなりストレスを感じる印象が……

どうしても、家族は「早く、良くなって欲しくて」、治療者にも、「それをうまくやって欲しいと」思っているからねぇ。




「良くなることを信じて、その時を待つ」って、難しいんだよなぁ。


こんなことを考えていると、いつも思い出すフレーズがある。

さだまさしの「夢と呼んではいけない」の冒頭。
それを夢と呼んではいけない 希望ではなく期待でもない 信じて そして待つことを 私は約束と呼びたい


そう、「約束」なんだよなぁ。


いろんな意味をもつ「約束」だよね。







一人では受診させないで欲しい……



病院によっては、認知症かどうか微妙な患者さんの診断を確定するために、短期間の検査入院をすることもあります。
その手の病院にいた頃の話……

認知症の検査入院する患者さんが、当日病院に来ないわけです。
担当の研修医を呼んで、「どうなっているんだ」と聞くわけです。当然。

研修医 「今日の午前中に来てくださいって、電話で伝えてました」
私    「まさか、○○さん本人に言ったんじゃないんだろな?
研修医 「電話にでたのが、○○さんだったんです。でも、『わかりました』って、しっかり言ってましたよ
私    「入院の目的を、もう一度言ってもらおうか……




SAKURAKO - Pick up the phone. / MJ/TR (´・ω・)



少し前から認知症治療の啓発(?)CMが、流れるようになったせいか、「物忘れが目立つんだけど」とか、「認知症の検査をしてほしい」といった受診が増えているような気がします。

でも、当の”物忘れが目立ってきた”本人さんだけが受診される場合が、時々あるんですよね。このパターン、けっこう困るんですよね……

長谷川式やMMSEとか、頭部CTなどの検査も、認知症の診断をするには重要です。

ただ、生活に密着した情報。これに勝るものは、無いんですよね。

最近数ヶ月での生活の変化とか、何気ない行動の変化があるかどうか、などなど

これだけは、本人が言うことだけで、判断できませんから。

だから、治療啓発のCMをするのなら、「家族も一緒に受診して下さい」の一言くらい、付け加えて欲しい
そうじゃないと、何のための啓発やら……







ちなみに、認知症がきちんと診れる医者と、そうでない医者の違いがでてくるのは、この部分です。

できる医者は、家族からの情報の取り方が抜群に上手いんです。

患者さんの生活リズムとか、家事のこなし方とか、最近の言動などを聞く時に、それがわかります。

質問をする時の言葉の選択ポイントの見つけ方ポイントじゃないかと思った時の話の広げ方等々、情報の引き出し方に違いが出てきます。

情報の聴取のしかた、これは奥が深いものですね、やっぱり。


こういったアプローチは、本来なら精神科医に一日の長があると信じているんですけどね。
なかなか、思うようなレベルには、届きません。
難しいものです。

2012年5月23日水曜日

問診票は患者さんを表すのか?


いわゆる初診の患者さんには、診察の前に問診票というものを書いてもらう。

自分のいる病院なんて、電子カルテ化なんてのは、まだまだ先の話。というわけで、当然患者さん自身に問診票に記入してもらう。


この問診票の用紙は、バカにできない

この用紙は、患者さんについての情報の山なのだから。


問診票の用紙に目を通すのは、診察をする前になる。当然、この段階では、患者さんの顔も見ていない。
でも、色々なことが見えてきそうな気がする



Recette1 - Le questionnaire / LaTransfo



例えば、
そこまで書かなくてもと思うくらい、几帳面に、全部の項目が埋められていたり。(場合によっては、「わかりません」と正直に書かれていることも) まぁ、こういうのは、少数派かな。

その一方で、主訴の部分に「眠れないのできました」と乱暴な文字で書いてあるだけで、他のところには、何も書いてなかったり。場合によっては、「なるべく、薬は飲みたくありません」とまで、書かれてある……

丁寧に書かれている字もあれば、乱暴に書きなぐられた字もあったり。

小学生のレベルでしか漢字が使われてなくて、どんな人かなぁと不安を抱えて、患者さんを呼んでみる。すると、見た感じは、実にしっかりしてそうな人で、問診票との大きなギャップに、すごく違和感を感じたり。



繰り返すけれど、問診票を見ているだけで、患者さんのことについて、色々なことが見えてきそうな気がするんだよね。
こういうことを考えてから、診察を始めると面白い

何よりも、診察に対する考え方の視野が広がりやすくなるはず
ちょっとした事だけど、問診票に対して、こんなことも意識してみても、いいんじゃないかしらん。




間違えたらいけないのは、問診票を見て考えたことは、あくまでも参考意見というラベルを付けて、頭の中に置いておくこと
自分の先入観に、診察の流れを従わせていくのは、ダメなんだよ。念のため。



それにしても、カルテとか、診療の電子化が進むと、こういった問診票も無くなっていくんだろうな。
残念だ。

患者さんから得られる生のデーターが少なくなっていくなんて、かなりもったいないことだけど。


2012年5月21日月曜日

「金環蝕」と「月をなめるな」と……

2012年5月12日は、金環蝕という大天文ショー。ツイッターでも、盛り上がっていました。
そのなかで、面白かったのが下のつぶやき。

このつぶやきを見て、思い出したのが「月をなめるな」という話。話の内容については、下記リンクを読んでください。

山本弘のSF秘密基地BLOG:「月をなめるな」


「月をなめるな」が、本当にあった話なのか、ネタ話なのか。
今までは、ネタ話だと思っていたんですけどね。




CIMG0172 / 22key


でも、あのつぶやきを見ると、本当にあってもおかしくないのかと、心が揺らいだりして……


科学系にかぎらず、「どこまでが常識か?」というのは、難しいなぁと思ったり。



「これは、常識だろう」ということでも、同じ医療職同士でも話が通じないというのは、精神科の仕事やっていても、色々ありますからねぇ。
相手からも、同じように思われているんだろうとは、思います。
……、はい、申し訳ありません。多分、過去に色々とやらかしてます。気づいているところや、気付いていないところで……

じゃあ、どうしたら、この手のすれ違いが無くなっていくのか……
自分の立場から言えることを、公に向かって伝えていくしか無いのかなぁ

難しくて、どれだけ効果があるかわからないけれど、それが一番手っ取り早いような気がします。

Twitterとか、ブログとか、SNSなんてのは、そのための道具でしょうしね。





2012年5月17日木曜日

「完全なる報復 (2009)」


全体の3分の2までは、文句なしに面白かった
本当に、面白かった。

でも、点数としては60点というところ。






前半3分の1くらいまでは、”SAW”+”羊たちの沈黙”の良い部分を使って、新たなキャラクターの誕生を思わせるような展開

パクリ感も、あまり気にならない上手い感じに仕上げていた。

ストーリー上、残酷なシーンも出さざるをえない。
それをぎりぎりのところで、ストップをかけるところも、演出の腕を評価できた。

いやぁ、本当に面白かったんだよ。


それだけに、残り3分の1の展開が…… 残念でならない。




虚構新聞についての論争って、「プロレスは、ガチなのか、八百長なのか」論争と似ているよね。




メディアを面白くなくさせる奴等 | おごちゃんの雑文

リンク先は、虚構新聞騒動に関する記事。



虚構新聞の面白さって、プロレスと同じで、「虚実皮膜」の面白さじゃないかと。

そんな面白さを楽しんでいるところに、「リアルなのか、嘘なのか、はっきりさせろ」という考え方を持ち込むのは、粋じゃないなぁと思ってしまう。

間違っているんじゃなくて、無粋

だから、この手の論争を進めていくのは、嫌だなぁというのが正直なところ。
実際、プロレスは、「”リアルな”総合格闘技」の波に飲み込まれて、輝きを失ってしまったし……


みんな、そんなに白黒つけて、楽しいのかしらん。





2012年5月14日月曜日

もっとキャラに厚みを : 「猿の惑星 創世記」DVD  視聴


「猿の惑星 創世記」。DVDで、視聴。




VFXの出来が凄くいいねぇ。ストーリー後半の展開は圧巻。 あまり考えすぎずに、素直に楽しむべき映画。

でも、正直言えば、もう少し期待はしていたんだけどね。
期待は上回ってくれなかった……

もう少し、キャラに厚みが欲しかった。何か、物足りなかった。



チャールトン・ヘストン主演の「猿の惑星」。それのエピソード0的な作品という立ち位置を意識ということは、よく分かった。
詳しくは知らないけれど、十分に元の作品の引用ができているみたいだし。

ただ、このストーリー展開ならば、「フランケンシュタイン」をオマージュして欲しかった。

人間側の主人公ロッドマンは、アルツハイマー病型認知症の父親を治すことが、自身の研究目標の一つでもある。
これは、自然の摂理に背こうとする行為だよね。


Rise_of_the_Planet_of_the_Apes-10 / aresryo



新薬を開発する過程で生み出されたのが、猿側の主人公シーザー。
シーザーは、成長するに従って、人間と変わらない理性を持ち、人間との戦いの中で自身の存在を確立していく。

要するに、シーザーは、研究者のエゴから生まれた怪物なんだよね。



Rise-of-the-Planet-of-the-Apes-Theatrical-Still-6 / aresryo


これって、「フランケンシュタイン」のストーリーの骨格と、よく似ている。そう、思いません?

「フランケンシュタイン」の文脈に沿って、ストーリーを展開していけば、人間側、猿側、それぞれの主人公に葛藤が生まれるはずなんだけど。

そしたら、キャラクターに厚みが生まれたような気がするんだけどなぁ。







2012年5月10日木曜日

「これでいいのだ」という、強力な真言(マントラ)


朝日新聞デジタル:【宮崎】 うつ病予防に「バカボン」作戦 - アピタル(医療・健康)
リンク先は、うつ病予防策の記事。


記事の中で、バカボンのパパの「これでいいのだ」が取り上げられている。
そして、"バカボンのパパの風に前向きに考え、自己肯定につながる助言……"とも書かれている。


この記事に大きく文句をいうわけではないが、一言言わせて欲しい。
「『これでいいのだ』と言うには、覚悟がいるんだよ」


「これでいいのだ」のタモリによる解釈が秀逸。
それは、赤塚不二夫への弔辞にでてきます。
あなたの考えは、すべての出来事、存在をあるがままに前向きに肯定し、受け入れることです。それによって人間は、重苦しい意味の世界から解放され、軽やかになり、また時間は前後関係を絶ちはなたれて、その時その場が異様に明るく感じられます。この考えをあなたは見事にひとことで言い表してます。すなわち、「これでいいのだ」と

タモリさんの弔辞(全文)/赤塚不二夫さん告別式 | 全国ニュース | 四国新聞社より引用



この冒頭で言っている内容が凄まじい。
「あなたの考えは、すべての出来事、存在をあるがままに前向きに肯定し、受け入れることです」
この姿勢は、当たり前のように聞こえる。でも、実践するのは、本当に難しい。

でも、これができないと、ダメなんです。
「これでいいのだ」と言っても、口先から出た言葉であれば、間違いなく空虚なものになってしまう。相手には届かない。

本当に覚悟がいるんです。


こんな風に考えていると、「これでいいのだ」って、自分の中では、真言(マントラ)のような位置づけになってしまってます。

この真言は強力です。
抑うつ状態の人に対して、大きな効果があるはずです
でも、強力な真言は使いどころが難しいのです。使い手を選ぶのです。

自分は、まだこの真言の使い手に成れていません。

早く、そうなりたいですねぇ。






追記:
タモリの弔辞を文章化したものの多くは、「重苦しい意味の世界」ではなくて、「重苦しいの世界」と表記されています。
抑うつ状態の人の心の状態を考えた時に、「意味の世界」としたほうが、スッキリくるので、リンク先の文章を採用しました。


2012年5月1日火曜日

堺雅人のように話したい


リーガルハイをちらちら見ながら、「あぁ、面接の時に、堺雅人のように話してみたいなぁ」と思っていた。

とはいっても、早口で捲したてて、相手を圧倒したいという意味ではない。




リーガルハイの堺雅人の台詞回し。
これは、台詞を話すというよりも、リズムを意識している。
だから、耳にしていて、すごく心地よい
テレビを見ていると、堺雅人のオーバーアクション気味の表情、動作に注意が引っ張られるから、目を閉じて聞いてみるといい。
台詞の一語一語が分からなくなっても、不快な気持ちにならない。ずっと聞くことができるから。

堺雅人って、「喋り」ではなくて「唄い」ということをかなり意識して訓練したんじゃなかろうかと邪推してる。



唄いに近い語りかけを聞くと、内容だけでなく、リズムとして心地よさが感じられる。
その心地よさが、スムーズに相手の気持ちに届くのを手伝ってくれるんじゃないかな。

話をすることで、色々なことを相手に伝える仕事をしているからには、言葉の中身だけじゃなくて、声の音やリズムの部分も意識したい

本当に、これって難しい。

良い治療をするために、クリアしないといけない課題って、多いねぇ。
やれやれ。



こういった、言葉以前の「声」の使い方については、神田橋先生の著作に書いてあったはず。

音楽に近い、リズムとしての語り口調の心地よさについては、落語でも同じように当てはまる。
立川談志も、こういったところを重視していたはず。

リンク先は、落語「やかん」。この動画後半の講談調の節回しを一度聞いてもらえたらと思います。