2012年3月21日水曜日

「感情失禁」という用語、カン違いしてませんか?


「感情失禁」という用語の使い方を間違える人って、わりと多い。

「感情失禁」は、器質的な障害を背景とした、情動のコントロールができていない状態


多分、表記の印象からだろうけれど、「感情がわっと溢れでてくること」だと勘違いしている人が多い。
抑うつ状態の人が、思わず泣き出した場面に遭遇した時に「感情失禁がみられた」という記載をしてしまうのは、そういう勘違いをしている人だ。




crying. / maren.rockt




「感情失禁」を誤解している人の対応は、心配になる。

抑うつ状態の人が突然泣き出したことを、「あぁ、感情失禁だ」と『理解・納得』したのじゃないかという心配だ。

そういった「理解」してしまうと、そこで思考がストップしたり、安易な対応になったりしがちだ


そうじゃない。

泣き出されてしまった場面では、「この人は、何故泣き出したのか? 突然泣くには、どういった心情があったのか?」と疑問を持たないといけない

この疑問には、通り一遍の正解はない

「感情失禁だ」という誤った正解を見つけてしまうと、それ以上考えられなくなってしまう。
これって、怖いことだと思う。

目の前の出来事を早わかりするのは危険。そのことは、覚えておいて欲しい。


目の前の客観的な事実を出来るだけ、事実のまま認識しようとする姿勢
それこそが大切だと思っている。

相手のことが、わからなくてもいい、混乱しててもいい。
むしろ、そんな状態になってしまっている人間に対して、相手は共感を感じてくれる場合もある。


自分の見たものが、どんな概念に当てはまるのか。それを確かめる作業はやらないといけない。
それは、その場を一旦収めて、自分の場所に戻ってから。

改めて教科書を引っ張り出して確かめる。他の人に聞いてみる。やりかたは、色々とある。
その中で、自分の体験したものを専門用語に当てはめていく。
その結果を、カルテなり、記録なりに書いていけばいい。



Thinking... / Klearchos Kapoutsis


この作業って、面白いよ。いろんなことが分かってくるから。


だから、思考は止めないで欲しい。すごく、もったいないから。





2012年3月20日火曜日

童話:ダイエットがしたい娘


昔々、ある町に若い娘さんがいました。
娘は、森の中にいる長老のところに相談にやって来ました。


「長老さん。私、ダイエットがしたいんです。太っていると病気になりやすいって、町のみんなは、そう言ってるの」

長老
「それは、いい心がけだね。うん、そうだな。お前さんは、3時にオヤツを食べていないか?そうだろう。まず、オヤツを食べるのをやめたら、どうかな?


ええっ!そんなこと、できないわ? オヤツを食べるのって、とっても幸せなの。それは、無理、無理」

「私はね、森にいる長老さんなら、やせるための良い薬草を知ってるって聞いたの。それをちょうだい。」

「でもね、私って、見てわかるでしょ。とっても、デリケートなの。強すぎる薬草って、体に合わないのよね。そんなこわい薬草は、よしてくださいね



homemade herbs / spanginator


長老
「やれやれ。じゃぁ、とっておきの方法があるから、教えてあげよう。それなら、薬草は使わなくてもやせられる


「ほんと、そんな方法があるの。教えて、やってみせるわ」

長老
「簡単じゃよ。お前の家には、秤があるだろう?毎朝起きた時に、秤に乗って、自分の重さを確かめるんじゃ。それを紙に書いておきなさい。毎日それをやって、ごらん。そうだな、10日くらいしたら、それを見せにおいで」


えーっ、そんなの無理、無理。私って、朝は苦手だから、そんなことできないわ」

長老
「朝がダメなら、寝る前でもいいんじゃ。毎日書きとめるのが、大切なんじゃ


それも、無理、無理。寝る前って、心を落ち着ける大切な時間なの。体重のことを気にしてたら、眠れなくなっちゃう。美容にわるいじゃないの」

そんなことより、いい薬草をだしてよ。薬草を飲むだけなら、私にだって、できるから

「でもね、きちんとしたのをちょうだいね。町の人が言ってたのよ。薬草を飲んだのに、ひどくなった人もいるから、長老には気をつけろって。私知ってるんだからね。わかった」

長老
「ところで、噂を聞いたが、お前さん、となり町の男のことが好きらしいな。彼の好みとか、いろいろと知っているんじゃが、その話は聞きたくないか?」


「……、そんなこと、あなたには関係無いでしょ。私は、やせて、キレイになりたいの。そしたら、どんな男も、私を振り向くでしょう。そんなことも、わかんないの?」

あなたは、いい薬草をだしたらいいのよ。本当に、困った人ねぇ

長老
「やれやれ……」



教訓:……、

誰か、良い教訓を教えて下さい。




2012年3月12日月曜日

刺激を感じる


「患者さんの生活の中で、活き活きとした実感を持ってもらうには、どうすればいいんだろう」 そんなことを、長期入院となっている統合失調症の患者さんをみていると、考えてしまうことがある。

未だに答えが出てこないことの一つ。


活き活きとした実感をもつために、刺激を増やして与えていくやり方は、十分に気をつけていないとリスクが高い。
刺激を軽減した状態を保って、無為自閉な生活を保護することは、かなり消極的なやり方で、問題もある。でも、リスクは少ない。

それを考えると、精神病棟の外での普通の環境での生活は、案外刺激的な環境のはず

でも気がつくと、自分も「なんとなく、今の生活って退屈だな」なんて、ついつい不満を感じてしまう。
刺激がないのではなく、刺激を刺激と感じなくなっている
そういうことだ。


何気ない生活に対して、一つ一つ注意を払うことができれば、自分自身の心のあり方は違ってくるような気がする

日常化している行動に注意をはらう習慣をつけるのは、かなり難しい。

Twitterは、日常化している行動を再確認する方法として使える道具の一つなんだと思ってる。
ただ、それには、自分の行動や周りの出来事を客観的に淡々と記していくという姿勢を崩さないことが大切。

それを考えると、手帳とかメモ帳に、手書きでコツコツとメモを付けるほうが現実的なのかしらん。



メモメモ / sekido



余談にはなるけれど、統合失調症の患者さんは、他の人に比べて、はるかに刺激があることを気が付きやすい状態になっているとも言える。
案外、この視点で患者さんを診れている人が少ないような気がするんだけど……

2012年3月7日水曜日

開業が増えれば、何かが失われる



とりあえず俺と踊ろう: 後ずさりしない、走らない

上記のリンクは、精神科医の”いちは”先生のブログ記事。


この記事に書かれていることは、半ば口伝みたいなもの。
こういうものは、きちんと教育する人がいないと、消えてしまうことがあるから、注意が必要。 



施設の医局の中で、中間層にあたる医師がいなくなってしまうと、コツというか、ノウハウみたいなものが消失してしまう


これって、かなり大きな問題のはず。
医師に限らず、看護でもそうだろうし、他の職種でも同じはず。


現場でのコツやノウハウをテキストとかマニュアルの形に残してくれる人は稀。
テキスト化されたとしても、それは伝承の道具として、おそらく不十分だろうし。



自分の地域でも、中間層の世代がどんどんクリニックを開業している。
結果として、精神病院から、中間層が少なくなってしまった



平井先生の熱い指導 / HIRAOKA,Yasunobu



でも、若手の医者は、病院にしかいない

上層部の世代から若手への直接指導って、難しい部分が多い。
世話好きの中間層がいると、上手く機能するんだけれどなぁ。本当に。

精神科医である自分ですら、そんな風に考えるんだから、他の分野では、どんな状況になっているのか。
興味がある。