2011年8月23日火曜日

支える力 : 映画「パーマネント野ばら」 (ネタバレ有り)



はじめに:
原作や映画の「パーマネント野ばら」の内容を知っていることを前提に書いています。
ネタバレが嫌な人は、読まないように注意してください。























答えがでないことを、いろいろと考えていた。


「パーマネント野ばら」の主人公の「なおこ」は、”くるっている”

映画でも、原作でも、主人公が精神科での治療を受けている描写はない。

もし、自分が「なおこ」の主治医であれば、どう対応しているだろうか。

過去の恋愛体験を基にした妄想の世界があり、病識もあいまいだ。
あえて診断をつけるとすれば、統合失調症の妄想型とするだろう。


じゃあ、治療はどうするのか?

判断が難しい。
それなりに、日常生活もできている。大きな問題はないように見える。
ただ、温泉旅行のエピソードのような行動化が出てくるのは、少し心配だ。
症状の悪化を防ぐためにも、抗精神病薬を飲んで欲しいと思う。

薬物療法は、最小限に抑えたい。生活の質をあまり落としたくはない。
妄想を消失させることを目標にするべきではない。
薬を使ったことで、妄想が消えてしまうことは、ほとんど期待できないわけだし。
「なおこ」にとって、妄想の世界は、いい意味でも悪い意味でも避難所である。プラスの面とマイナスの面とのバランスを上手く取らなければ。


大切にするべきなのは、「なおこ」と周囲の人間との関係だ。
「なおこ」の母親、友人、近所の人は、彼女を受け入れて、見守っている。
この環境は、治療的に大きな意味がある。
自分のような医者の力は、この環境がもたらすものには、なかなか及ばない。


物語のラストで、「なおこ」は友人に問いかける。
『わたし くるってる?』
友人は、その言葉を受けて、明確で、力強い言葉を返す。
その言葉は、まぎれもなく「なおこ」を支える力を持っている。

もしも診察の場面で同じように問われたとしたら、自分のような情けない医者には、これほど強い言葉を返すことができない。

映画「パーマネント野ばら」を見た後、原作を振り返りながら、答えがでないことを考えていた。


2011年8月10日水曜日

まずは、笑顔を見せよう


診察の最後は、自分の笑顔で締めないとね

統合失調症にしろ、他の精神疾患にしろ、症状が重くなってくれば、診察室で取り上げられる話題も湿りがちになる。

眉をひそめながら、本人や家族の口から出てくるのは、不安の現れであったり、行きどころを失った怒りであったり、negativeなものしか出てこないことも……
お互いに、どうしようもない重い荷物を背負ったような、そんな雰囲気が漂ってしまう。
そんな診察の後には、暗い顔をして診察室を後にしていく姿を見送ることに。
そんな光景をみると、こちらの気持ちも沈んでしまう。


そりゃ、たちどころに症状が改善・消失してくれる魔法の薬があれば、みんながハッピーな気持ちになれるんだろうけれどね……


だから、そういう重たいものを、一度はこちらが引き受けないとね。
ただ、それだけでは足りない。

重たいものがなくなった分、何か明るいもの、軽いものを診察の場に生み出せればいいのかしらん。
最近、そう思うことが多くなった。

その場しのぎになることも多いんだろうけれど、まぁ、それでもいいじゃない。
そういったものが、何もないよりは、大分マシな話だ。



治療方針を決めるのには、まずは治療目標を決めるように、一回一回の診察のゴールを想定したほうがいいのかしらん。
ゴールを目標にした診察の流れを作ることを意識する。
というか、意識するだけで、診察の流れは違ってくるはず。

「診察の最後には、少なくとも自分が笑顔でいられる」
とりあえずは、このあたりをゴールに定めてみようかしらん。


2011年8月1日月曜日

残してしまった仕事は気になる

慢性期の統合失調症の患者さんの治療。
10年前後、もしくは、それ以上入院しているような患者さんの場合、往々にして、定型抗精神病薬の多量/多剤併用の処方となっている。

今の病院にやってきてからは、一部の患者さんに対しては、処方の見直し、最適化(?)に向けて、処方の調節をしていた。
調節といっても、処方量の減量が主体。そして、あくまでもスローペース。

2年近くの時間をかけても、調節半ばという患者さんも、何人か……

さてと、私が去った後、この患者さんの治療というのは、どのように進んでいくのかしらん

気になる。気になる。